戦艦大和:なぜ世界最強の戦艦だったのに、一度も戦艦と戦えなかったのか — 最強の船が、時代遅れになった理由
戦史の記録
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戦艦大和:なぜ世界最強の戦艦だったのに、一度も戦艦と戦えなかったのか — 最強の船が、時代遅れになった理由
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世界で一番大きな戦艦がありました。全長263メートル、主砲は46センチ9門、史上最大の艦砲でした。
それなのに、戦艦大和は一度も敵の戦艦と戦いませんでした。最後は、敵の船を一度も見ることなく、飛行機に沈められたのです。
なぜ最強の船は、時代遅れになったのか。数字と史料でたどります。
0:00 第1章 逆説 — 世界最強の戦艦は、一度も戦艦と戦わなかった
1:31 第2章 設計の要求と設計者
4:42 第3章 設計の秘密 — 四六センチ砲と史上最厚の装甲
7:57 第4章 初陣 — 旗艦になった船、戦えなかった船
10:49 第5章 頂点 — 日本最強の象徴
12:57 第6章 転換点 — 海戦の主役は、すでに空母だった
16:17 第7章 改良型の敗北 — サマール沖とアイオワ級
19:49 第8章 最期 — 天一号作戦
22:38 第9章 なぜ崩れたのか — 一つの理由ではない
24:42 第10章 何が残ったのか — 沈まない伝説
使用した写真はすべてWikimedia Commonsのものです。戦時中の写真はパブリックドメイン、46センチ砲弾と大和ミュージアムの写真はCC BY-SA 3.0、十分の一模型の写真はCC BY-SA 4.0です。シブヤン海の写真は、米海軍公式写真(80-G-325952)のものです。サムネイルは大和の公試中の写真(パブリックドメイン)です。
砲弾の重さは資料によって1,426kgと1,460kgの記述があり、本編では「およそ1.5トン」としています。天一号作戦の攻撃機数は資料によって386〜400機と幅があり、「約400機」としています。魚雷は10発以上、爆弾は6発以上としています(資料により10〜13発の幅があります)。乗員の総数は資料によって食い違うため、本編では述べていません。生存者269人と米軍の損失10機は、複数の資料で一致しています。天一号作戦全体の死者は3,700〜4,250人とされています。フィリピン海海戦の日本側の航空機の損失は資料によって幅があるため、「数百機」としています。
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