19世紀、「爵位」を買うためにイギリス貴族へ嫁がされたアメリカの富豪令嬢。
名もなき人々の歴史
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19世紀、「爵位」を買うためにイギリス貴族へ嫁がされたアメリカの富豪令嬢。
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「爵位を買うために嫁がされた」と語られてきた、アメリカの富豪令嬢たち。
1870〜1914年、約100人がイギリス貴族に嫁ぎました。1895年11月6日、ニューヨークで結婚式を挙げた18歳の令嬢は、その朝を「涙を流しながら独りで過ごした」と書き残しています。
持参金の額、宮殿の北向きの寒い部屋、その後の人生まで、本人の回想録と伝記からたどります。
──
*チャプター*
0:00 おとぎ話のような結婚 ── なぜアメリカ令嬢は英国貴族に嫁いだのか
3:14 誰が、嫁がせたのか ── 母か、本人か
5:15 1895年11月6日、結婚式の朝
9:42 公爵夫人という肩書きと、北向きの寒い部屋
──
*参考文献*
Consuelo Vanderbilt Balsan『The Glitter and the Gold』(米国版 Harper & Brothers 1952/英国版 Heinemann 1953)
── 本編の「ある令嬢」=コンスエロ・ヴァンダービルト(1877–1964)本人の回想録。結婚式の朝の記述(涙を流しながら独りで過ごした/ドアに従僕が立ち、家庭教師も入れなかった/自動人形のように身支度をした)、「自分の夫を選ぶ権利がある」と言ったこと、第9代マールバラ公爵の第一印象(若く見えた・6つ年上・顔立ちがよく聡明)、社交界の女性が母に娘を社交界に出す話を持ちかけたこと、新婚旅行とロンドン滞在のあとブレナム宮殿へ向かった流れ、町の祝いのアーチと旗を振る子どもたち、最初の3か月を過ごした北向きの部屋、到着の日に湯の用意された風呂があったこと。引用は下記の二次資料での引用と照合
Amanda Mackenzie Stuart『Consuelo and Alva Vanderbilt: The Story of a Daughter and a Mother in the Gilded Age』(HarperCollins, 2005)
── 母アルヴァ・ヴァンダービルトが娘を部屋に閉じ込め、好きな男性との結婚を許さず、脅して嫁がせたとする記述、病気を装って結婚を迫ったという話、縁談は母の依頼による仲介だったという見方、著者自身が序文で資料の偏りを断っていること、1920年代の婚姻無効の手続きで母が「私が娘を公爵と結婚させた」と述べたとされること、当時の新聞(New York World)が花嫁は18歳・約20分遅れて教会に着いたと報じたこと、取り決めを1,000万ドル、のちに2,500万ドルと推計した報道の紹介
Angela Serratore「How American Rich Kids Bought Their Way Into the British Elite」Smithsonian Magazine(2013-08-13)
── 回想録の引用(結婚式の朝、北向きの部屋)、持参金と年10万ドルの取り決めの紹介(夫婦それぞれに、とする記述)
Vanderbilt v. Balsan, 190 Misc. 824(ニューヨーク州の判例。CourtListener の要約)
── ビーチ・クリーク鉄道の株5万株(250万ドル)が信託に入れられ、その収益を公爵が生涯受け取る仕組みだったこと、父ウィリアム・K・ヴァンダービルトが娘に年10万ドルを払う約束だったこと
Hello! Magazine(コンスエロの結婚式を紹介する記事)
── サテンのドレス、約4.6メートル(5ヤード)の裳裾、真珠と銀の刺繍、薄いネットのベール、翌日の The New York Times が「国内で行われた最も壮麗な結婚式」と書いたことの紹介
Mark Taylor「Peers, Buccaneers and Downton Abbey」Economics Letters 205(2021)
── 1870〜1914年に約100人のアメリカ人女性が英国貴族と結婚したという整理、小麦価格の下落と、英国の地主家出身の花嫁の割合の低下が同じ時期に起きたことの分析
David Cannadine『The Decline and Fall of the British Aristocracy』(Yale University Press, 1990)
── アメリカ人女性との結婚が貴族の男性の結婚の約10分の1にあたるという数字(Taylor論文経由。定義には幅がある)、1870年代後半からの農業不況と地代の下落
Maureen E. Montgomery『"Gilded Prostitution": Status, Money, and Transatlantic Marriages, 1870–1914』(Routledge, 1989)
── 「称号目当ての令嬢」という像は、アメリカ人を嫌った英国社会が作った面もあるという見方、金目当ての結婚は英国貴族の間でも珍しくなかったという指摘(出版社の内容紹介・書評経由)
Anne de Courcy『The Husband Hunters: American Heiresses Who Married into the British Aristocracy』(Weidenfeld & Nicolson, 2017)
── 「夫探し」に動いたのはたいてい令嬢の母親だったという見方(書評経由)
英語版Wikipedia「Consuelo Vanderbilt」「Charles Spencer-Churchill, 9th Duke of Marlborough」「Blenheim Palace」
── 1906年ごろの別居、1921年の離婚と同年のジャック・バルサンとの再婚、ロンドン州議会議員、第一次世界大戦中に米国女性戦時救援基金の経済救済委員会の議長を務めたこと、公爵家が1870〜80年代に宝石(マールバラ・ジェムズ、1875年)・蔵書(サンダーランド図書館、1881〜83年)・名画(ラファエロ「アンシデイの聖母」、1885年)を売却したこと
Encyclopaedia Britannica「Mary Victoria Leiter Curzon」ほか
── 1895年にのちのインド総督ジョージ・カーゾンと結婚し、1906年に36歳で亡くなった令嬢の例(愛情婚と見られる)
メイ・ゴーレット(第8代ロクスバラ公爵夫人)の紹介記事(British Heritage ほか)
── 1903年に公爵と結婚し、約30年円満だったと伝えられる例
フランシス・ワーク(ジェームズ・ロッシュの妻)の紹介記事(The History Chicks ほか)
── 1880年に結婚し、1891年に遺棄を理由に離婚した例
Marilyn Palmer & Ian West『Technology in the Country House』(Historic England, 2016)
── 英国の大きな屋敷で水道・暖房・電灯を早く取り入れた家もあったが普及はまちまちで、20世紀に入っても暖炉に頼る屋敷が多かったこと(書評・解説経由)
Daisy Goodwin(作家)のコメント(History.com・Newsweek での引用)
── 入浴にもメイドが地下の台所から湯の入った水差しを持って5往復し、腰湯用の浴槽を満たす屋敷があったという描写
Tatton Park(ナショナル・トラスト)公式資料
── ハウスメイドの年給12〜25ポンドの記録
アメリカ合衆国憲法 第1条第9節(貴族の称号の授与の禁止)/当時の金平価 1ポンド=約4.87ドル(4.8665ドル)
── 入門パートの「憲法でも国が貴族の称号を与えることを禁じている」と、250万ドル≒約51万ポンドの換算
※ 本編の「ある令嬢」はコンスエロ・ヴァンダービルト、「夫となる公爵」は第9代マールバラ公爵、「宮殿」はブレナム宮殿です。換算(ハウスメイドの年給との比較、新入社員の年収との比較)は仮定を重ねた目安です。画像はすべてイメージで、実在の人物の肖像ではありません。
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