足利尊氏|天皇に背いた男が、なぜ別の天皇を必要としたのか?
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足利尊氏|天皇に背いた男が、なぜ別の天皇を必要としたのか?
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南北朝の足利尊氏は、守りたいと願った弟・直義と、なぜ争うことになったのか。後醍醐天皇との決別、幕府の成立、兄弟の対立から生涯をたどります。
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後醍醐天皇との関係から幕府の成立、弟・直義との対立まで。史料が伝えることと死因などの未確定点を分け、生涯を一本でたどります。
その16年後、1352年2月26日。弟の足利直義が鎌倉の浄妙寺の境内で急死します。前日には次男・基氏の元服が尊氏の主導で行われていました。この日付は、講和の約束を破って高師直ら高一族が武庫川のほとりで殺された日の、ちょうど一年後にあたります。毒の噂を書き残したのは『太平記』だけで、当時の記録は急死とだけ伝えます。研究者の見方も、毒殺・病死・自死に分かれたままです。
分かれ目は、1349年から1351年にかけての観応の擾乱でした。直義の要求で執事・高師直が罷免され、同じ年の8月には師直派が尊氏の屋敷を包囲します(御所巻)。1351年10月24日、尊氏は自分が立てた北朝を捨てて南朝に降り、弟を討てという命令を手に入れました。正平一統です。恩賞の配り方、直冬の処遇、派閥。三つがそろって、兄弟の対立は全国の内乱になりました。なぜ弟のために天皇に背いた男が、16年後にその弟を追う側に回ったのか。答えは仲の悪さではなく、二人が持っていた「正しさ」の違いにありました。その中身は後半ではっきりお話しします。
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▼チャプター
0:00 オープニング
1:48 名門の家来
3:30 三河で打ち明けた謀反
5:12 勲功第一
6:53 弟が追われた夏
8:40 帰らなかった男
10:26 浄光明寺の断髪
12:03 院宣と湊川
13:52 この世は夢のごとくに候
15:36 兄と弟の分業
17:23 執事 高師直
19:03 認められなかった子
20:36 御所巻
22:10 弟が南朝に降る
23:58 正平一統
25:39 二月二十六日
27:30 弟の死でも終わらない
29:26 総まとめ
▼注記
・本編は『太平記』『梅松論』『園太暦』など同時代または後代の史料をおもな手がかりに構成しています。史料は成立年代も編纂の立場も異なるため、評価が割れる点はその旨を本編で明示しています。
・年齢は数え年です。
・日付は原則として旧暦(和暦)で表記しています。
・人名・地名の読みは慣用にしたがっています。
・史料によって記述が分かれる点、後世の解釈が加わっている点については、本編中でその旨を明示しています。
・映像に登場する情景・人物の姿は史料をもとにした想像図であり、実在の肖像ではありません。
・本動画は制作にあたりAI(音声合成・画像生成)を使用しています。
▼クレジット
音声:VOICEVOX:青山龍星
BGM・効果音:Mixkit ほか
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