【知っておきたい】見沼代用水の中ほどを歩く #見沼代用水 現在の姿 #見沼代用水 #日本用水路観光協会 #圦と鉄道
日本用水路観光協会
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【知っておきたい】見沼代用水の中ほどを歩く #見沼代用水 現在の姿 #見沼代用水 #日本用水路観光協会 #圦と鉄道
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日本用水路観光協会
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見沼代用水の上流部(八間堰〜瓦葺調節堰)を、秋冬のオフシーズンに歩きました。
農閑期を迎えた用水路と、その周辺に広がる穏やかな晩秋の風景を記録しています。
(本動画は、数回に分けて撮影した記録の一部です)
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夏の間、田畑を潤してきた見沼代用水は、秋から冬にかけて農業用水としての役割を終え、静かな時間を迎えます。
水量の落ち着いたこの時期は、用水路の構造や周辺環境をじっくりと観察できる季節でもあります。
今回は、見沼代用水路の上流部にあたる
八間堰から瓦葺調節堰までの区間をたどりながら、
現在の姿と、歴史的な施設の様子を見ていきます。
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<見沼代用水について>
見沼代用水は、埼玉県にある灌漑農業用水で、
江戸時代の1728年(享保13年)、幕府の役人であった井沢弥惣兵衛為永により、新田開発のために開削されました。
かつて灌漑用に使われていた「見沼」を埋め立てて新田が造成されたことから、
その代替用水として「見沼代用水」と名付けられています。
埼玉県行田市付近で利根川から取水され、
東縁見沼代用水路は東京都足立区へ、
西縁見沼代用水路は埼玉県川口市へと至ります。
見沼代用水は、
埼玉・東京の葛西用水路、愛知県の明治用水と並び
日本三大農業用水と称され、
「疏水百選」に選定されているほか、
世界かんがい施設遺産にも登録されています。
(参考:Wikipedia)
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<八間堰・十六間堰間>
所在地:埼玉県久喜市菖蒲町
この区間では、見沼代用水路と星川が共有してきた川筋を分離するための堰が設けられています。
八間堰と十六間堰は、享保12年(1727年)、井沢弥惣兵衛為永により造られました。
名称は、それぞれの幅が
八間(約14.4m)、十六間(約28.8m)であることに由来します。
水が必要な時には八間堰を開き十六間堰を閉め、
不要な時には八間堰を閉め十六間堰を開いて星川へ水を流す仕組みとなっています。
八間堰は、大正2年(1913年)にレンガおよびコンクリート造へ改築され、
十六間堰も昭和28年(1953年)に鉄筋コンクリート構造へと改良されました。
現在の堰は、昭和53年から平成7年にかけての事業により整備されたものです。
(参考:久喜市公式サイト)
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<圦(いり)について>
「圦(いり)」とは、堤防や土手などに設けられた樋(樋門)のある場所を指す言葉で、
「圦樋(いりひ)」の略とされることもあります。
(参考:Wikipedia)
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<瓦葺調節堰>
所在地:埼玉県上尾市瓦葺
瓦葺調節堰は、見沼代用水を西縁と東縁に分水する重要な施設です。
分水された用水路は、綾瀬川の下を伏越によってくぐっています。
かつては逆に、綾瀬川の上を掛樋によって通しており、
舟運のための構造が用いられていました。
現在も、当時の掛樋を支えていたレンガが、綾瀬川両岸に残されており、
その名残は掛樋史跡公園へと続いています。
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<関連リンク・動画>
▶ レジェンド坂本正博と歩く見沼代用水
• 見沼代用水の東縁・西縁(瓦葺調節堰〜通船堀まで)をレジェンドと歩く #見沼代用水 #...
▶ 見沼代用水土地改良区
https://www.minuma-daiyosui-lid.or.jp/
▶ 水資源機構
https://www.water.go.jp/honsya/honsya...
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日本各地に張り巡らされた用水路は、
総延長40万km(地球約10周分)とも言われています。
用水路は、美しい水田風景と、地域に根ざした文化を育んできました。
ホッとする用水路の風景を、これからも記録していきます。
水路と水田文化研究所・日本用水路観光協会では、
主に埼玉県東部の用水路の風景を紹介しています。
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