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【漫画】刃牙が格闘技漫画の常識を壊せた理由

あの頃の漫画雑学

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【漫画】刃牙が格闘技漫画の常識を壊せた理由

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あの頃の漫画雑学
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1989年の秋、東京の喫茶店で、ひとりの漫画家がこう漏らしました。「好きなんだけど、今の雑誌では描かせてくれないんだよ」。格闘技の漫画を描きたい、という話でした。向かいに座っていた編集者は、こう返しています。「じゃあ、うちで格闘技ものやりましょう」。 その「うち」が、週刊少年チャンピオンでした。10年前の1979年1月の合併号では250万部に達し、少年誌の首位に立っていた雑誌です。しかしこの1989年の推定発行部数は70万部。二年後に『グラップラー刃牙』が始まった1991年は65万部でした。 1995年、週刊少年ジャンプが653万部という漫画雑誌の最高発行部数を記録します。同じ年、この雑誌の推定は75万部でした。 そして、ほとんど語られていない事実があります。『グラップラー刃牙』は、1990年代の格闘技ブームに乗って生まれた作品ではありません。順番が逆です。企画が動いたのが1989年の秋、連載開始が1991年43号。第1回のK-1グランプリは1993年4月30日、UFC 1は1993年11月12日です。刃牙のほうが二年から四年、早いのです。 この動画では、商店街の二階にある町の格闘技道場を父から継いだ一人の男性の記憶と、雑誌の発行部数の表を行き来しながら、なぜ「いちばん下にいた雑誌」から格闘技漫画の常識を壊す一本が出たのかを見ていきます。 ▼この動画でわかること ・1989年秋、板垣恵介さんがデビュー作の単行本の自画像をきっかけに秋田書店の編集者と会い、「今の雑誌では描かせてくれない」と話したことから企画が動き出したこと ・そのとき編集者が提示した「読み切り→短期集中連載→連載」という手順を作者が断り、「いきなり新連載からやらせてほしい」と要求して、翌日ごろ連載決定の連絡が来たこと ・『グラップラー刃牙』の企画は1989年、連載開始は1991年43号で、第1回K-1(1993年4月30日)もUFC 1(1993年11月12日)より前だったこと ・連載中に担当編集者からK-1を題材にした別企画を持ちかけられ、作者が断って『刃牙』を続けたこと ・第1話の人気アンケートが10位前後で、それでも打ち切られなかったこと ・シリーズが2019年に累計7500万部超、2022年12月に8500万部超、2024年5月に1億部を突破したこと ・主人公の姿が当時20代半ばの実在の格闘家に、合気道の使い手の人物が作者と実際に親交のあった武術家に、空手の総帥の人物が実在の空手家の立場と経歴に基づいていること ・回し蹴りの描き方が、作者が高校時代に雑誌で見た一枚の写真を何度も模写して覚えたものであること ▼タイムスタンプ 00:00 『刃牙』誕生のきっかけ 01:23 今回のテーマ 02:10 道場で初めて読んだ『刃牙』 04:57 K-1・UFCと格闘技ブーム 07:30 『刃牙』企画誕生の裏側 09:00 チャンピオンを変えた編集方針 10:52 35年後の道場と『刃牙』 13:43 常識を壊せた4つの理由 15:56 まとめ・エンディング ▼この動画で触れる作品と掲載誌 刃牙シリーズ(すべて週刊少年チャンピオン/秋田書店/板垣恵介) ・1991年43号〜1999年42号 グラップラー刃牙 全43巻 ・1999年43号〜2005年52号 バキ 全31巻 ・2006年1号〜2012年38号 範馬刃牙 全38巻 ・2014年16号〜2018年19号 刃牙道 全22巻 ・2018年45号〜2023年29号 バキ道 全17巻 ・2023年39号〜 刃牙らへん 連載中   シリーズ累計発行部数は2024年5月時点で1億部を突破 作者のデビュー作 ・1989年 メイキャッパー(ヤング・シュート/スタジオ・シップ/板垣恵介)7月号読切、8月号より連載 映像化 ・1994年 OVA『グラップラー刃牙』 ・2001年1月9日〜12月25日 テレビアニメ『グラップラー刃牙』(テレビ東京ほか)全48話 ・2018年7月2日〜 Netflixアニメ『バキ』第1期 全26話(第2期は2020年) ・2021年〜 Netflixアニメ『範馬刃牙』 ・2024年6月6日 『範馬刃牙VSケンガンアシュラ』(Netflix) 雑誌として言及 ・週刊少年チャンピオン(秋田書店/1969年7月15日創刊/創刊号21万部/1979年1月合併号で250万部) ・週刊少年ジャンプ(集英社/1994年12月発売の1995年3・4合併号で653万部) 同時代の参考として年表で確認したもの ・1971年5月〜1977年12月 空手バカ一代(週刊少年マガジン/講談社/原作・梶原一騎/作画・つのだじろう、影丸譲也)全29巻   ※本編では第4章の父の台詞で「わしが空手を始めた漫画」とだけ言わせています ※本編に出していない数字があります。担当編集者と当時の先輩編集者のお名前は、公式サイトとWikipediaで表記が食い違うため出していません。第1話の人気アンケート順位も、ご本人が「10位くらい」、編集者側が「8位くらい」と述べており一致しないため「10位前後」としています。板垣恵介さんの自衛隊への入隊年齢・除隊年齢は資料によって食い違うため、本編では自衛隊時代そのものに触れていません。アマチュアボクシングの戦績、受賞歴、1994年のOVAの詳細も、確認できなかったため使用していません。 ※発行部数の数字は基準が異なります。週刊少年チャンピオンの250万部・200万部・21万部と週刊少年ジャンプの653万部は公称値、1989年以降の65万部・70万部・75万部は全国出版協会による推定値です。日本雑誌協会の印刷証明付部数は2008年前後以降のもので、1990年代の四大少年誌を同一基準で横並びにした公式統計は存在しません。本編ではその区別を明示しています。 ※連載期間中に推定発行部数が1991年の65万部から1995年・1996年の75万部へ増えているのは事実ですが、それが『グラップラー刃牙』によるものだという資料はありません。本編では因果として扱っていません。 ※本編に出てくる商店街二階の道場の場面、語り手とその家族、門下生、大会で負ける場面は、すべて再構成のフィクションです。特定の道場・人物・大会の記録ではありません。ただし、フックと第3章に出てくる1989年の喫茶店の場面だけは創作ではなく、公表されている双方の証言をもとに台詞の順序を整えたものです。その場面でも、実在の社名・誌名・個人名は台詞の中に入れていません。 ※語り手の「私」をはじめ、昭三・徹夫・幸雄・由美子・蓮は架空の人物です。生活場面は再現ドラマであり、事実解説の部分(連載号数・掲載誌・創刊年月日・発行部数・興行の開催日と動員数・視聴率)とは分けてご覧ください。 ※本編は実在の作者・出版社・編集者・格闘技団体・格闘家への評価や断罪を含みません。格闘技の興行については、開催日・会場・観客動員数・視聴率という記録のみを扱っています。 ▼チャンネルについて 「あの頃の漫画雑学」では、時代とともに姿を変えていった漫画の話を、一本ずつ辿っています。数字と年表で構造を確かめながら、それでも当時の熱をなかったことにしない。そういう回顧録を目指しています。 最後にひとつ聞かせてください。あなたが『グラップラー刃牙』を最初に読んだのは、何歳のときでしたか。雑誌でしたか、単行本でしたか、それとも配信のアニメからでしたか。どの試合がいちばん記憶に残っているかも、ぜひコメントで教えてください。同じ試合を挙げる人が、きっとコメント欄にいます。 動画がよかったら高評価を、次の話も見たい方はチャンネル登録をお願いします。 #グラップラー刃牙 #刃牙 #バキ道 #板垣恵介 #刃牙35周年 #花山薫 #漫画雑学 #週刊少年チャンピオン #少年漫画 #90年代漫画 #塩田剛三 #格闘技ブーム #ピクル #宮本武蔵 #スペック