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パラシュートが開かず、なぜ宇宙飛行士は地面に激突したのか【ソユーズ1号】

事故の断面図

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パラシュートが開かず、なぜ宇宙飛行士は地面に激突したのか【ソユーズ1号】

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事故の断面図
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1967年4月24日の朝、宇宙から戻ってきたソ連の宇宙船ソユーズ1号が、主傘を開けないまま、時速およそ140キロで草原に激突しました。乗っていた宇宙飛行士ウラジーミル・コマロフ(40歳)はその場で亡くなり、人類で初めて宇宙飛行の最中に命を落とした人になりました。 ただ、この事故は落下傘だけの話ではありません。打ち上げ直後に太陽電池の翼が片方開かず、電気は1日分しかなく、船の向きを知る3つの仕組みのうち2つが使えず、誰も訓練したことのない手順で手動で帰ってきた末に、最後の落下傘だけが開きませんでした。 NASAの公式史(Siddiqi『Challenge to Apollo』第13章)をもとに、宇宙船の断面図で、何が起きたのかを順番に解説します。 00:00 冒頭 01:12 舞台 02:43 前史、無人の3回 04:55 人物と当日 05:39 軌道の上で 08:22 帰るための、2回の試み 11:44 落下傘 13:51 現場 16:13 止まった計画と、調査 18:48 答え 20:05 1枚の図 20:57 締め ■ 出典 ・Asif A. Siddiqi「Challenge to Apollo: The Soviet Union and the Space Race, 1945–1974」NASA SP-2000-4408(2000年・米航空宇宙局 歴史部門)第13章「Tragedy」pp.569–590。飛行の経過・コマロフの報告・カマーニンの報告・TASSの発表・調査委員会の結論・チェルトークの非公式な説は、すべてこの章の記述によります。 ・英語版Wikipedia「Soyuz 1」「Soyuz 4」「Voskhod 1」(人類初の飛行中の死・ボスホート1号・有人再開とソユーズ4号/5号の日付・落下点の碑について) ■ 制作について ・亡くなったコマロフ氏とご家族、救助と調査に当たった方々への敬意を第一に、亡くなった様子や体の描写には触れていません。発見の経緯も語っていません。 ・「203の設計欠陥」「最後の言葉を西側が傍受した」「ガガーリンが代わろうとした」といった話は、公式史が信頼できないとしているため扱っていません。落下速度は公式史の「毎秒35〜40メートル(時速約144キロ)」を使い、西側で流布した「時速450キロ」は使っていません。 ・落下傘が詰まった原因は、調査委員会の公式の結論(容器内の圧力と摩擦)と、副主任設計者チェルトークが後年に残した説(高温室での樹脂の膜)の両方を、そのまま伝えています。 ・宇宙船・落下傘・建物の形は公開資料をもとにした概略で、実寸の再現ではありません。冒頭の実写風の映像2本(「イメージ」の札)はAIで生成したイメージで、事故の記録映像ではありません。 ナレーション:VOICEVOX:青山龍星 BGM:OpenTracks(旧DOVA-SYNDROME)かずち「Flutter」「残滓念」「コールドフィッシュ」「クリスタルコア」 #事故の断面図 #ソユーズ1号 #コマロフ #宇宙開発 #事故解説