【賤ヶ岳の戦い】「裏切り者」前田利家は、なぜ山を下りたのか ― 陣からの眺めを、標高データで確かめたら
勝敗の地形学
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【賤ヶ岳の戦い】「裏切り者」前田利家は、なぜ山を下りたのか ― 陣からの眺めを、標高データで確かめたら
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賤ヶ岳の戦いで、前田利家は戦の最中に山を下りました。それは本当に裏切りだったのか。
合戦の年に書かれた秀吉方の記録には、下山の場面がありません。国土地理院の標高データで、利家の陣(茂山)から何が見え、何が見えなかったのかを計算し、『柴田退治記』『太閤記』『川角太閤記』『利家夜話』『三壺聞書』を読み比べて確かめます。
■ この動画でわかること
・利家は、なぜ柴田方にいながら秀吉と近かったのか
・前に出た利家の陣(茂山)は、どんな場所だったのか
・茂山から、勝家の本陣と秀吉の戻り先は見えたのか(見える範囲の計算)
・崩れていく味方は、利家の目にどう映ったのか
・利家は、いつ山を下りたのか(時刻と道のりの計算)
・「裏切り」とされる根拠を、一つずつ確かめる
・特典:勝家と利家の「湯漬けの別れ」は、どの記録に書かれているのか
■ 目次
0:00 序章 本当に裏切りか
1:57 第1章 利家は、なぜ北近江に
4:50 第2章 茂山という場所
9:29 第3章 その夜、茂山に届いたもの
14:09 第4章 退く味方は、何を頼ったか
17:42 第5章 茂山から見えたもの
26:46 第6章 いつ山を下りたのか
30:05 第7章 本当に、裏切りだったのか
38:14 終章 裏切り者と呼ばれた男
あなたは、利家の下山は裏切りだったと思いますか? 検証してほしい合戦も、コメントで教えてください。
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/ @shohai-chikeigaku
■ 地形と数字について
・標高・断面・見える範囲・距離・道のりは、国土地理院の今の標高データ(5m)で計算した値です。木・旗・煙、当時の道や天気は入っていません
・3Dは、高さを1倍(そのまま)で描いています
・茂山(利家の陣)の位置は、滋賀県中世城郭分布調査の推定位置(城郭放浪記による)です。遺構は確かめられていません
・甫庵『太閤記』の「麓の高い所」は場所が書かれていないため、頂のすぐ下の肩を仮の地点として計算しています
・道は標高だけから選んだ候補で、当時の街道そのものではありません
・説が分かれるところは、動画の中で【諸説あり】【伝承】と示しています
■ 出典(主なもの)
史料:大村由己『柴田退治記』(続群書類従)/小瀬甫庵『太閤記』巻五・六(史籍集覧)/『川角太閤記』(我自刊我書)/村井長明『利家夜話』(国史研究会)/『三壺聞書』巻之五(石川県図書館協会)。翻刻は Wikisource による
解説:日本大百科全書(ニッポニカ)「賤ヶ岳の戦い」「前田利家」「柴田勝家」、改訂新版 世界大百科事典「賤ヶ岳の戦」ほか(コトバンク)、国立天文台 暦計算室「日本の暦日データベース」
研究:藤井譲治「越前に出された秀吉の禁制」(『福井県文書館研究紀要』14)
地図・地形:国土地理院(地理院タイル 淡色地図・陰影起伏図・標高タイル)を加工/茂山の推定位置:城郭放浪記(滋賀県中世城郭分布調査による)
絵:楊洲周延「賤ヶ嶽合戦 加藤虎之助 山路将監」(Wellcome Collection・パブリックドメイン)/肖像:前田利家・柴田勝家・豊臣秀吉の肖像画、佐久間盛政(歌川芳幾の浮世絵・東京都立図書館)。いずれもパブリックドメイン(Wikimedia Commons)
BGM:OpenTracks「和の庭園」Next Arco Recordings/「古都、路地裏にて」蒲鉾さちこ/「対決」こおろぎ
※ナレーションには合成音声を使用しています。
#賤ヶ岳の戦い #前田利家 #戦国時代 #勝敗の地形学