【大国町駅】大阪・木津市場と皮革産業の街を歩く|浪速区の下町・大国町を散策
お散歩ひまちゃん
0:00 / 0:00
【大国町駅】大阪・木津市場と皮革産業の街を歩く|浪速区の下町・大国町を散策
8 437 просмотров · 2 недели назад
お散歩ひまちゃん
2,86 тыс. подписчиков
8 437 просмотров · 2 недели назад
大阪メトロ御堂筋線・四つ橋線が乗り入れる大国町駅周辺を歩きます。
なんばのすぐ南に位置しながら、観光地としての「ミナミ」とは少し違った空気が残る大国町。
駅周辺には昔ながらの住宅や商店、木津卸売市場、歴史ある神社、そしてかつて大阪を代表するほど栄えた皮革産業の街としての歴史があります。
今回は大国町駅をスタートし、木津卸売市場、難波八阪神社、大国主神社、今宮戎神社周辺などを巡りながら、現在の街並みと、この地域が歩んできた歴史を見ていきます。
大国町で特に興味深いのが、かつてこの地域が「皮革産業のメッカ」と呼ばれるほど発展していたことです。
大阪市浪速区によると、戦後の大国地域には西成・西浜方面などから多くの皮革関係者が移り住み、靴や手袋、バッグ、スポーツ用品などに使われる革を扱う問屋や加工業者が集積しました。
特に1950年代から1970年代頃にかけて大きく発展し、皮革関連の会社や工場、商店が数多く並んでいたといいます。
「大国に行けば何でも揃う」と言われるほど全国の業者にも知られ、教宗寺前の道路は通称「皮革通り」と呼ばれていました。
1963年には大阪皮革会館が建設され、その後1981年には大阪皮革産業会館(アルフィック)も誕生するなど、大国町は大阪の皮革産業を支える重要な街となっていきました。
一方で、生産の機械化や海外製品の増加などによって産業構造は変化し、現在ではかつてほど「革の街」という雰囲気は目立たなくなっています。
さらに、大国町周辺の歴史を語るうえで外せないのが、隣接する芦原橋・浪速地域を中心に発展してきた太鼓・皮革文化です。
浪速地域では古くから皮革加工や太鼓づくりが盛んで、戦後も皮革産業が地域を支えてきました。大阪市の資料によると、1970年頃には地域住民の多くが皮革関連の仕事に関わり、その中でも靴づくりは非常に重要な産業だったとされています。
現在の街並みだけを見ると分かりにくくなっていますが、大国町から芦原橋にかけての一帯には、こうした大阪のものづくりを支えてきた歴史が残されています。
そして現在の大国町周辺を代表するスポットのひとつが、木津卸売市場。
大阪ミナミの食文化を支えてきた市場で、鮮魚・青果・精肉などさまざまな食材を扱う店舗が集まっています。なんばから徒歩圏内という都心部にありながら、現在も「市場の街」としての雰囲気を感じられる場所です。
さらに北側へ進むと現れるのが、インパクト抜群の難波八阪神社。
境内には巨大な獅子の顔をした「獅子殿(ししでん)」があります。
高さ約12m、幅約7m、奥行き約7mという非常に大きな建造物で、1974年に本殿とともに完成しました。
巨大な口で邪気を飲み込み、勝運や商運を招くとされ、現在では国内外から多くの参拝者が訪れる浪速区を代表するスポットのひとつとなっています。
大国町駅周辺には大国主神社(敷津松之宮)もあり、「大国町」という地名を感じさせる歴史的な風景も残っています。
さらに少し南へ進めば、大阪を代表する商売繁盛の神様として知られる今宮戎神社があります。
今宮戎神社は、伝承では西暦600年頃、聖徳太子が四天王寺を建立した際に西方の守護神として祀られたことが始まりとされる非常に歴史のある神社です。
毎年1月の「十日戎」では多くの参拝者で賑わい、「商売繁盛で笹持ってこい」の掛け声でも知られています。
なんば・新世界・天王寺という大阪有数の観光地に囲まれながら、少し違った下町の風景を残している大国町。
巨大な獅子殿を持つ神社、ミナミの食を支える市場、昔ながらの住宅街、そしてかつて全国的にも知られた皮革産業。
現在の街並みだけでは分からない歴史を知りながら歩いてみると、大国町という街の見え方も大きく変わってきます。
「なんばの隣に、こんな街があったのか」
そんな大阪・浪速区のディープな街、大国町をぜひ最後までお楽しみください。
⸻
📍 今回歩いた主なエリア・スポット
・大阪メトロ 大国町駅
・大国町駅前
・敷津東・敷津西周辺
・木津卸売市場
・難波八阪神社
・獅子殿
・大国主神社(敷津松之宮)
・旧皮革問屋街周辺
・大阪皮革産業会館跡周辺
・今宮戎神社周辺
・今宮エリア
・なんば南側エリア