日本奥地紀行を再現 148年前の東北でイザベラバードが書き残した宿と村の暮らし
異国の目に映った日本
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日本奥地紀行を再現 148年前の東北でイザベラバードが書き残した宿と村の暮らし
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明治11年(1878年)、英国の旅行家イザベラ・バードと、記録では18歳の通訳の若者が、東京から北へ旅に出ました。バードが書き残した『日本奥地紀行』の手紙をもとに、その旅に付いて歩き、明治の宿と村の暮らしを追体験する動画です。
通訳の名は、本の中では Ito(イトー)とだけ書かれています。推薦状を一枚も持たずに現れたこの若者を、バードは最初「疑い、嫌った」と書き、旅の最初の晩には「頼りは伊藤だけ。折れる葦かもしれない」と手紙に記しました。湯元の宿の勘定、蚤だらけの山の宿、代金を受け取らない村、毎日英語の言葉を書きとめた帳面、30年ぶりの長雨と川の舟。その夜の宿を手紙の日付どおりにたどり、バードのきびしい書き方や、都合の悪い所も隠さずに並べています。出発から96日後の別れの日、バードはこの若者を何と書いたのか。
0:00 藤原の宿で何があったのか
1:36 推薦状のない若者を雇うまで
6:28 宿代の上乗せはごまかしか
10:28 蚤の宿で若者が書きとめた物
16:36 なぜ村の人は代金を断ったのか
22:36 久保田で下した伊藤の評価は
28:08 長雨の中 小さな舟は進めるか
33:22 函館へ 二人の旅の最後の朝
39:33 2通の手紙とその後の伊藤
外国人が書き残した日本の場面に、その場にいるように立ち会っていただくチャンネルです。
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■出典
・Isabella L. Bird『Unbeaten Tracks in Japan』初版 1880年(2巻)/1885年(1巻本・John Murray)。動画の言葉は、1885年版の系統の1911年 John Murray 版(Project Gutenberg #2184)と、1880年版の系統の1881年 G. P. Putnam's Sons 版で確かめました
・邦訳:高梨健吉訳『日本奥地紀行』平凡社(東洋文庫240・1973年/平凡社ライブラリー・2000年。1885年版の訳)。最初の晩の手紙は第6信、別れの日の手紙は第42信にあたると見ています(手紙の番号の対応は、研究者が挙げた4か所で確かめた見立てです)
・長尾史郎・高畑美代子「明治トラベル業の創始者伊藤鶴吉―イザベラ・バードから贈られた懐中時計の行方―」『明治大学教養論集』574号(2023年)
動画の中の訳は、すべてこのチャンネルで英語の原文から訳しました。
■注
・「出発から96日後」は、1878年6月10日(粕壁)から9月14日(函館)までを数えた日数です(両はしを数えると97日目)。旅の道は、今の関東・新潟・東北・北海道にまたがります。
・「およそ170回」は、1911年版の本文で Ito の名を数えた回数です。「18歳」はバードの記録にある年齢です。
・本の中の名前は Ito だけです。横浜の通訳 伊藤鶴吉とするのは研究者の調べによります。銀の懐中時計とその後の伊藤のこと、湯元の宿代の「研究者の見方」も、上の論文によります。
・奈良で伊藤を思い出す手紙は、1880年版の系統の本にだけあり、1911年版にはありません。
・地名の漢字は、原文の綴りから今の地名に当てた物で、一部は出どころを確かめていません。日付が推定の宿は、画面に推定と書いています。
・この回はバードと伊藤の旅に絞り、蝦夷(今の北海道)でのアイヌの人々の場面は扱っていません。
・吹き出しと心の声は演出です。記録の言葉をもとにした物のほかに、場面をつなぐために作った台詞もあります。伊藤の着物の色や形、懐中時計の形は絵の想像です。
■制作について
絵は AI の画像生成で描きました。声と BGM の一部は AI の音声生成で作りました。BGM の残りと効果音は、素材ライブラリの物を使っています。原書『Unbeaten Tracks in Japan』(1880年の本文・G. P. Putnam's Sons 版の写し)の挿絵も、そのまま使っています。台本と組み立ては、このチャンネルで行っています。
#イザベラバード #明治時代 #外国人から見た日本