Перейти к содержимому

私の輪郭|パラム

みんなの主題歌

0:00 / 0:00

私の輪郭|パラム

120 просмотров · 3 нед. назад
みんなの主題歌
48 подписчиков
120 просмотров · 3 нед. назад
神様が病気をプレゼントしてくれた理由(わけ)|パラム 1. 白い部屋と、解き放たれた心 白い天井。規則正しく響く心電図の電子音と、かすかな消毒液の匂い。 突然の病名宣告を受け、私が運び込まれたのは病院のベッドの上だった。一般的な反応なら、絶望したり、なぜ自分がこんな目に遭うのかと運命を呪ったりするのかもしれない。しかし、静まり返った病室で一人になったとき、私の頬を伝ったのは悲しみの涙ではなかった。 温かい涙が、次から次へとこぼれ落ちていく。 それは、紛れもない「嬉し涙」だった。 (ああ、これで、もう頑張らなくてもいいんだ) 心の奥底から、じんわりと広がっていく感覚があった。それは「解放」だった。毎朝義務感だけで起き上がり、誰かのために働き、家族のために気を配り、自分をすり減らし続ける日々。その過酷なレースから、病気という不可抗力によって、ようやく降りることができたのだ。病に倒れたことで、皮肉にも私は自由を手に入れた。 点滴の液がぽたり、ぽたりと落ちるのを見つめながら、私は固く心に誓った。これからは、誰のためでもない、私自身のための人生を生きよう。これからは、私らしく生きていくのだ、と。 しかし、その決意の直後に、私は深い闇のような壁にぶつかることになった。 「私らしく生きる」と言っても、では、私は一体「何をしたい」のだろう? 「私の人生」を楽しむために、私は一体「何が好きなのか」? いくら胸に問いかけてみても、心の中はぽっかりと空洞になっているだけで、何の答えも返ってきてはくれなかった。好きな食べ物、趣味、行ってみたい場所、着たい服……どんなに些細な問いに対しても、思考がフリーズしてしまう。私は長年、他人の顔色や期待を優先しすぎて、自分の「好き」や「嫌い」を感じ取る心のセンサーを完全に麻痺させてしまっていたのだ。 自分を取り戻したいのに、その「自分」がどこにも見当たらない。果てしない焦りと途方に暮れる思いを抱えながら、私はベッドの上でスマートフォンを眺める日々を送っていた。 2. 忘れていた傷口と、小さな少女 ある日、SNSのタイムラインを流し見していた私の指が、ぴたりと止まった。 あるユーザーの投稿だった。そこに書かれていたのは、母親からネグレクト(育児放棄)を受けて育ち、どれほど辛く、寂しい子供時代を過ごしたかという苦しい告白だった。 読み進めるうちに、胸がぎゅっと締め付けられ、冷や汗が流れた。投稿に書かれている幼少期の情景が、恐ろしいほど私の記憶と重なったからだ。 (待って……これって、私と同じじゃない?) ハッとした。私はこれまで、自分の子供時代を「少し早熟でしっかり者だっただけ」だと思い込んで生きてきた。けれど、客観的な言葉として突きつけられたそれは、紛れもないネグレクトの図式だった。 思い返せば、物心ついた頃から、自分のことはすべて自分でやるのが当たり前だった。母は朝起きてこない。だから幼い私は、毎朝一人で幼稚園のコップを洗い、近くのパン屋さんへ走って朝食のパンを買いに行き、一人で準備をして幼稚園へ通っていた。帰り道も、もちろん一人だった。 けれど、当時の私は母を恨むどころか、母のことが大好きでたまらなかった。「どうすればお母さんは喜んでくれるだろう?」「どうすれば笑ってくれるだろう?」と、そればかり考えている子供だった。自分が寂しいことすら隠し、母の愛情を勝ち取るために、手のかからない「いい子」を演じ続けていたのだ。 私が必死に求めていた母の育て方が、世間でいうネグレクトだったなんて。認めたくないような、でもどこか腑に落ちるような、複雑な衝動が胸を突き上げた。 しかし、その記憶の扉が開いたことで、私の脳裏に忘れかけていたもう一つの「時代」が鮮やかによみがえってきた。 そういえば、私の人生には、母から心が完全に離れていた「奇跡の3年間」があったのだ。 3. 失敗の果てに出会った、本当の私 それは、中学受験のときだった。 母に言われるがまま勉強し、母の期待に応えるために受けた志望校の受験に、私は失敗した。 その瞬間、私の中で長年溜め込まれていた何かが弾けた。生まれて初めて、私は母に向かって激しく感情をぶつけた。反抗し、暴れ、「絶対に言われた学校になんて行きたくない!」と大声を上げた。母を喜ばせるための「いい子」の仮面が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちた瞬間だった。 挫折と失意の中で進学した公立中学校。しかし、人生とは本当に不思議なものだ。 もし受験に成功していたら、絶対に会うことがなかったであろう友人たち、そして、一人の男の子との出会いが待っていた。 彼は、一言で言えば「ヤンキー」だった。私とは住む世界が違いすぎて、最初は付き合うこと自体に強い抵抗があった。けれど、彼と一緒に過ごす時間は、私の人生を根本から変えていくことになる。 彼の前では、なぜか不思議なくらい、素の自分でいられた。 今まで誰にも言えなかった我慢を捨てて、怒ることもできた。子どもみたいに甘えることもできた。嫌なものは嫌だと、遠慮なく主張することができたのだ。彼を受け止め、私も彼に受け止められる中で、私は生まれて初めて「私は私でいていいんだ」という圧倒的な安心感を味わった。 あの3年間、私は毎日、お腹の底から笑っていた。 何が嫌いで、何が好きか、自分の感情の輪郭がはっきりとしていた。私の中に確かな軸があり、世界が色鮮やかに輝いて見えていた。 (ああ、そうだった……!) 病室のベッドの上で、私は息をのんだ。 私は、あの頃の自分が大好きなのだ。誰の顔色も窺わず、自分の感情に素直で、キラキラと輝いていたあの頃の私が。 4. 理由の解明と、60歳からの決意 なぜ、私は「何がしたいのか」「何が好きだったのか」さえ分からない人間になってしまっていたのか。その謎が、一気に解けた。 大人になり、社会に出て、結婚をした。しかし、私が選んだ夫は、皮肉にもどこか「あの頃の母」を彷彿とさせるような人だった。私は無意識のうちに、幼少期と同じように他人に合わせ、夫に尽くし、子育てと日々の仕事に追われる中で、再び「いい子」「都合のいい大人」の役割に逃げ込んでいたのだ。 自分の感情を殺し、誰かのために生きる幼少期の自分へ、私はいつの間にか逆戻りしていた。長年、本当の自分を押し込め続け、悲鳴を上げている心に気づかないフリをしてきた。だからこそ、私の心と体は限界を迎え、「病気」という強制終了の形でメッセージを送ってきたのだ。 「これ以上、自分を偽って生きるのはやめなさい」と。 ネグレクトの投稿を目にしたことも、過去の辛い記憶も、受験の失敗も、すべてに意味があったのだと今ならはっきりと分かる。 もしあの時、受験に失敗していなければ、彼と出会うことはなかった。彼と過ごしたあの輝かしい3年間の体験がなければ、私は「本当の自分らしさ」がどんなものかさえ知らずに一生を終えていたかもしれない。人生に、無駄なことや意味のないことなんて、ひとつもなかったのだ。 もうすぐ、私は60歳を迎える。 還暦という人生の大きな節目を前に、神様がこの病気と入院という時間を与えてくれたのだと思う。病室で過ごす静かな時間の中で、私はようやく見つけることができた。 私が本当にしたいこと。 それは、どこか遠くへ行くことでも、特別な何かを成し遂げることでもない。 「あの頃のように、私らしく、自分の感情に素直に生きること」。 「自分の『好き』と『嫌い』を抱きしめて、自分自身の人生を輝かせること」。 それが、私のやりたかったことなのだ。 病気になったことは決してハッピーな出来事ではないかもしれない。けれど、私にとっては本当の人生をスタートさせるための、かけがえのないきっかけとなってくれた。 誰かのためではなく、私のために。 残りの人生、私はもう一度、あの頃のようにキラキラと輝いて生きていく。病室の窓から見える空を見上げながら、私は今、心からの晴れやかさとともに、新しい一歩を踏み出す決意をしている。 【自己紹介】 風のように自由にいこう!「丙午」の情熱で生きる私のマイストーリー はじめまして!「パラム(韓国語で“風”)」と申します✨ 「もう60歳」ではなく「まだ60歳!」。気持ちはいつでも20代のつもりで、これからの人生を風のように自由で自分らしく楽しみたいと思っています。 🔥 燃えろいい女!これまでと今の私 ・元BC(ビューティーアドバイザー):大手化粧品メーカーで32年間、たくさんの女性の美に寄り添ってきました。 ・超おてんばな幼少期:小2で山頂を制覇し「公園を作ろう!」と穴を掘ったり木材を集めたり…パワフルで波乱万丈なエピソードには事欠きません(笑)。 ・現在は専業主婦を満喫中!:病気をきっかけに退職し、今は各種講座を受講中。占い資格もゲットしましたが…実はまだ誰一人占えていません(笑)。 ☕ 毎日のルーティン&至福の時間 ・朝はご先祖様と鏡の中の自分に笑顔で挨拶し、大好きなコーヒーでスタート! ・テラスで空を見上げて“宇宙と対話”する時間が最高の癒やしです。 ・ピアノはヘタクソですが、弾いている自分の時間が大好き! 💃 好きなこと&ストレス発散法 ・読書:ひすいこたろうさん、さとうみつろうさんの本が大好き📚 ・旅&温泉:友達に会いに行きながらの温泉旅行は最高の活力です✈️ ・リフレッシュ:松田聖子ちゃんの動画を見ながら本気で歌って踊りまくる!/一点集中でひたすら掃除🧹 これまでの私の体験や生き方が、皆さんの毎日を照らすちょっとしたヒントやワクワクになれたら嬉しいです。人生、まだまだこれから。燃えろ、いい女!✨