【李方子】新聞で知った自分の婚約――日本の皇族に生まれ「韓国の母」と呼ばれた最後の皇太子妃の八十七年
陽はまた昇る
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【李方子】新聞で知った自分の婚約――日本の皇族に生まれ「韓国の母」と呼ばれた最後の皇太子妃の八十七年
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1916年、大正5年の夏。大磯の別邸で何気なく新聞を広げた十四歳の少女は、そこに自分の婚約を伝える記事を見つけ、思わず息をのんだといいます。
お相手は、朝鮮の李王家の世子、李垠殿下。少女はこの時まで、何ひとつ知らされていなかったのです。
この方こそ、のちに李方子と呼ばれることになる、梨本宮家の方子女王です。
京城で幼くして亡くなった長男・晋さま、敗戦とともに失った身分と財産、そして日本人でも韓国人でもない「国を持たない夫婦」となった日々。
なぜ、日本の皇族に生まれた方子さまは、海を越えた国で生涯を終えられたのか。
そして、なぜ韓国の人々から「韓国の母」とまで呼ばれるようになったのか——。
二つの国のはざまで激動の時代を生き抜かれた、李方子さまの八十七年のご生涯をたどります。
▼ 目次(チャプター)
00:00 1916年夏、新聞の中に見つけた自分の名前
01:24 梨本宮家の長女、方子女王
03:40 新聞で知った婚約、そして延期された婚礼
05:59 京城で失われた小さな命
08:55 李王妃として生きた日々
11:45 すべてを失って――国を持たない夫婦
14:52 「韓国の母」と呼ばれて
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/ @againsunrise
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#李方子 #李垠 #梨本宮 #皇室 #皇室の歴史
📖 主な参考資料(敬称略)
① Wikipedia「李方子」「李垠」「李晋」「徳恵翁主」
② 李方子『流れのままに』(啓佑社、1984年)
③ 李方子『歳月よ王朝よ 最後の朝鮮王妃自伝』(三省堂、1987年)
④ 新城道彦『朝鮮王公族 帝国日本の準皇族』(中公新書、2015年)
⑤ 渡辺みどり『日韓皇室秘話 李方子妃』(読売新聞社、1998年)
⑥ 小田部雄次『李方子 一韓国人として悔いなく』(ミネルヴァ書房、2007年)
⑦ NHK BS1スペシャル「“韓国の母”になった日本人」(2015年)
⑧ 国立映画アーカイブ「昭和七年二月十四日 李王殿下を奉迎して」(1932年)