Перейти к содержимому

【李方子】新聞で知った自分の婚約――日本の皇族に生まれ「韓国の母」と呼ばれた最後の皇太子妃の八十七年

陽はまた昇る

0:00 / 0:00

【李方子】新聞で知った自分の婚約――日本の皇族に生まれ「韓国の母」と呼ばれた最後の皇太子妃の八十七年

171 просмотр · 11 дней назад
陽はまた昇る
8 подписчиков
171 просмотр · 11 дней назад
1916年、大正5年の夏。大磯の別邸で何気なく新聞を広げた十四歳の少女は、そこに自分の婚約を伝える記事を見つけ、思わず息をのんだといいます。 お相手は、朝鮮の李王家の世子、李垠殿下。少女はこの時まで、何ひとつ知らされていなかったのです。 この方こそ、のちに李方子と呼ばれることになる、梨本宮家の方子女王です。 京城で幼くして亡くなった長男・晋さま、敗戦とともに失った身分と財産、そして日本人でも韓国人でもない「国を持たない夫婦」となった日々。 なぜ、日本の皇族に生まれた方子さまは、海を越えた国で生涯を終えられたのか。 そして、なぜ韓国の人々から「韓国の母」とまで呼ばれるようになったのか——。 二つの国のはざまで激動の時代を生き抜かれた、李方子さまの八十七年のご生涯をたどります。 ▼ 目次(チャプター) 00:00 1916年夏、新聞の中に見つけた自分の名前 01:24 梨本宮家の長女、方子女王 03:40 新聞で知った婚約、そして延期された婚礼 05:59 京城で失われた小さな命 08:55 李王妃として生きた日々 11:45 すべてを失って――国を持たない夫婦 14:52 「韓国の母」と呼ばれて 【チャンネル登録はこちら】    / @againsunrise   【ご案内】 ※本動画の音声および一部の映像素材は、AI技術を使用して生成されています。 ※本動画の内容は、公開されている資料や報道に基づき調査・検証した情報を構成したものです。 ※確認の取れない情報や不確かな内容については、可能な限り記載を避けるよう努めています。 ※本動画は、故人および歴史的人物への敬意をもって制作しており、特定の個人・団体を誹謗中傷する意図はありません。 #李方子 #李垠 #梨本宮 #皇室 #皇室の歴史 📖 主な参考資料(敬称略) ① Wikipedia「李方子」「李垠」「李晋」「徳恵翁主」 ② 李方子『流れのままに』(啓佑社、1984年) ③ 李方子『歳月よ王朝よ 最後の朝鮮王妃自伝』(三省堂、1987年) ④ 新城道彦『朝鮮王公族 帝国日本の準皇族』(中公新書、2015年) ⑤ 渡辺みどり『日韓皇室秘話 李方子妃』(読売新聞社、1998年) ⑥ 小田部雄次『李方子 一韓国人として悔いなく』(ミネルヴァ書房、2007年) ⑦ NHK BS1スペシャル「“韓国の母”になった日本人」(2015年) ⑧ 国立映画アーカイブ「昭和七年二月十四日 李王殿下を奉迎して」(1932年)