春団治 ざこば 小春団治 米朝 リク特 上方怪談噺2【落語】皿屋敷 ろくろ首 日本の奇祭 仔猫
落語ch:荒獅子男乃助
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春団治 ざこば 小春団治 米朝 リク特 上方怪談噺2【落語】皿屋敷 ろくろ首 日本の奇祭 仔猫
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0:48皿屋敷 32:15ろくろ首 51:40日本の奇祭 1:14:37仔猫 1:46:35エンドトーク
「皿屋敷」
古典落語の演目。別名「お菊の皿」、腰元のお菊が、家宝の十枚揃いの皿の一枚を割ってしまったため殿様に手討にされた上に、屋敷内の井戸に投げ捨てられてしまう、その後、幽霊となって夜な夜な足りない皿の数を数えるという有名な怪談話。「皿屋敷」は、この怪談を下敷きとする滑稽噺である。原話は嘉永ごろ板「新板おとしばなし」内の「皿屋敷お菊が幽霊」。元は上方落語で、江戸落語には2代目桂三木助から6代目三遊亭圓生に教える形で伝わった。上方落語では3代目桂春団治や2代目桂枝雀などの口演が知られる。
三代目 桂 春団治
歌や芝居に表現される春団治の破天荒でやたけたなキャラクターは三代目には当てはまらず、むしろ「繊細」「華麗」という表現が三代目の芸風に当てはまる。語り口は淡々としていて艶やか。爆笑噺を得意とした初代や二代目とはまた違う上品さを持ち合わせており、その高座は「奇麗な芸」とも形容された。落語の導入部である「枕」を振らずにいきなり本題に入る型をとっていた。持ちネタの少なさで有名である。演じないものは出来ないのではなく、高座にかけられる物にならないから出さず、その結果として「完璧にやれる」ネタしか高座にかけなくなった。その代わり演じるものについては高座にかけるたびにとことん練り上げていた。大阪の演芸界では「三代目」といえば3代目春団治を指す。四天王と並び称された米朝と文枝は、それぞれ先代が短期間の名乗りだったこと、襲名が60代に入ってからだったという事情があり、同様の略され方をされることはない。
「ろくろ首」
今年二十五の与太郎さん。自分はおふくろと二人暮らしなのに兄貴は嫁をもらって子どももできて楽しそうに暮らしているのが羨ましい。自分も嫁取りをしようとおじさんの所へ相談に行くと、ちょうど麹町の大きなお屋敷から、お嬢さんの婿養子の相手を探す相談を受けていると言うのだが・・・。1905年(明治38年)に初代三遊亭圓左が新作落語として演じたが、万延2年(1861年)の桂松光の演目帳『風流昔噺』に記録があるため、上方落語からの移植であるとされる。5代目柳家小さんは師匠の4代目柳家小さんが大阪から持ってきたことになっていると述べている。上方での演題は上方弁による「ろくろく首(ろくろくくび)」。宇井無愁は主人公が見合をする場面は民話の「糸引合図」からの流用であると記している
二代目 桂 ざこば
日本橋中学校在学中、学校をさぼって千日劇場に行った際、3代目桂米朝が「浮世床」を演じるのを見て即座に弟子入り志願する。当初米朝は「学校をサボるような子は噺家にはなれん」と突き放したが、それから何日も米朝の元に通い詰めた。あるとき、米朝宅に呼ばれて「落語ができるか」と問われ、うろ覚えで我流の「浮世床」を少し話すと、傍にいた桂小米(のちの2代目桂枝雀)が「師匠、彼を(弟子に)とりましょう!」と口添えしたという。枕には定評があり、桂枝雀は生前「ざこばのマクラなぞは、もうマクラだけで、えら(すごく)落語(そのもの)でっしゃないか」と評していた。枕だけをまとめた「ざこばのざっこばらん」という演目もある。米朝一門の中では枝雀の没後、実質的に弟子筆頭として桂南光とともに米朝の存命中は補佐する形で一門の運営を主導しており、米朝没後もその地位は変わらなかった。
「日本の奇祭」
大阪を離れて念願のマイホームを建てたタチバナさんは引っ越しのあいさつで村の祭りがあることを知る。地元でとても大切にしているお祭りなので世話役にあいさつに行くと歓迎されて祭りのしきたりを教わるのだが実は自分のマイホームが建つ前に住んでいた人たちが祭りのしきたりを疎かにして山崩れで大勢亡くなったことを知る!道理で安かったはずだと思っていると世話役がタチバナさんに祭りの大夫をしてくれと言い出し・・・
三代目 桂 小春団治
創作を得意とし、約45席を持つ。一方で古典にも造詣が深い。最も好きな古典落語は『ちりとてちん(酢豆腐)』キャッチフレーズは「世界でも通用する落語家」活動の場を世界にも広げ、字幕を使った落語を披露するなど、ユニークな取り組みで知られており、世界最大の芸術祭エジンバラ・フェスティバルに落語家として初めて参加し国際演劇祭の招待公演や各国大使館の主催公演などで海外公演を果たしている。またハーバード大学、コロンビア大学などアメリカ名門大学での講演の実績もあり、2007年には落語家初のブロードウェイ公演も行った。Newsweek日本版の特集「世界が尊敬する日本人100」に選ばれる
「仔猫」
上方落語で知られる怪談噺の一種。働き者で愛想の良い女中「おなべ」が、夜な夜な不気味な行動をしている噂から、その部屋で血みどろの猫の毛皮が発見されるという背筋が凍る内容。見どころは、前半の恐怖感漂う場面での芝居がかった告白シーンは、上方落語特有の演技力が要求される見せ場となっています。一転して、最後のダジャレで落とすサゲは「猫を被る」という慣用句(本性を隠して大人しく振る舞う)と、実際に猫を捕って食べていたという状況を掛け合わせた秀逸な言葉遊びになっています。
三代目 桂 米朝
現代の落語界を代表する落語家の一人で、第二次世界大戦後滅びかけていた上方落語の継承、復興に大きく貢献した。その功績から、1996年(平成8年)に落語界から2人目の重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定され、2009年(平成21年)には演芸界初の文化勲章受章者となった。位階は従三位。戎橋松竹で初舞台後、長年千土地興行(後の日本ドリーム観光)に所属し、千日劇場を本拠に道頓堀角座やうめだ花月にも出演したが、1968年3月以降はフリーとなり、ホール落語、独演会、一門会を中心に活動するようになる。ラジオパーソナリティーを務めていた近畿放送の「天壇ゴールデンリクエスト」の縁で1966年7月16日、初の独演会「米朝 スポットショー」を京都府立勤労会館で開催、その流れで10月25日に現在でも続く桂米朝落語研究会をスタート。1974年、千土地時代の担当マネージャーを社長に据え芸能事務所米朝事務所を設立。現在一門の多くがここに所属する。
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