【浅野総一郎】ゴミを14倍で売った「損一郎」|夜逃げ・強盗・火事・吐血、何度倒れても起き上がり、捨てられたコークスからセメント王になって海を埋めた男の生涯
裏偉人伝
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【浅野総一郎】ゴミを14倍で売った「損一郎」|夜逃げ・強盗・火事・吐血、何度倒れても起き上がり、捨てられたコークスからセメント王になって海を埋めた男の生涯
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越中の村で商売に失敗し続け「損一郎」と呼ばれた男が、夜逃げ同然で東京に出て、冷や水売りから身を起こしました。浅野総一郎(あさの そういちろう、1848〜1930)。ガス工場が捨てていたコークスを買い取って売りさばき、官営のセメント工場を払い下げてセメント王となり、最後は鶴見の海を埋め立てて京浜工業地帯の礎を築いた男です。本人の談話集『父の抱負』、『浅野セメント沿革史』、当時の新聞をもとに、何度倒れても起き上がった男の生涯をたどります。
※本人の談話や伝聞による逸話、資料によって年が食い違う点は、動画内でそう述べています。
▼チャプター
0:00 つかみ
1:44 氷見に生まれる
2:35 損一郎
4:17 母との別れ
4:57 一杯一銭の水売り
5:37 竹の皮と妻サク
6:56 強盗と火事
7:51 捨てられたタール
8:52 コレラと石炭酸
9:45 コークスでセメントを焼く
10:50 渋沢栄一との出会い
11:54 共同便所の開祖
12:44 セメント工場の払い下げ
14:12 血を吐いても
15:31 50万円と渋沢の三分の一
16:42 降り注ぐ灰
17:46 海運と岩崎とのけんか
18:43 艀のいらない港
19:46 安田善次郎の三日三晩
20:48 海を埋める
21:57 杖を失う
23:03 晩年
24:04 総括
25:19 締め
▼主な参考文献
・浅野総一郎 述『父の抱負』浅野文庫、1931(NDL pid/1175463)
・浅野セメント 編『浅野セメント沿革史』1940(NDL pid/1065015、工部省沿革報告書・深川区民との承諾書を引用)
・西野入愛一『浅野・渋沢・大川・古河コンツェルン読本』春秋社、1937(NDL pid/1281124)
・浅野造船所『我社の生立』1935(NDL pid/1106094)
・浅野泰治郎『ひもかゞみ』浅野文庫、1928(NDL pid/1192230)
・『富山縣管内圖』1885(NDL pid/1085774)、浅野総一郎書簡 仲小路廉宛 1915(NDL pid/13025696)
▼画像(著作権の保護期間が終わった資料など)
国立国会図書館(デジタルコレクション/近代日本人の肖像):「廃物利用の話」コールタールの回想、若き日の浅野総一郎、コールタールを買い取った回想「臭い物は何か銭になることがなくちゃならぬ」、43歳の浅野総一郎(明治23年)『浅野セメント沿革史』より、官営時代の深川セメント製造所、浅野総一郎、「富山縣管内圖」氷見・藪田村のあたり、浅野総一郎の生家(富山県氷見郡藪田村)『浅野セメント沿革史』より、浅野の生い立ちと最初の商売、17歳で稲扱き機の仕入れに京都へ、「惣一郎でなくて損一郎だ」、竹の皮の買い付けの回想、横浜の波止場、浅野総一郎の妻 サク、横浜の港、コレラと石炭酸、コークスの回想、宇都宮三郎(深川セメント製造所 技師長)『浅野セメント沿革史』より、コークスをセメント工場へ、渋沢栄一、渋沢栄一との出会いを語る浅野、40歳の浅野総一郎(明治20年)『浅野セメント沿革史』より、共同便所63か所の回想、深川の浅野工場附近図(明治17年)『浅野セメント沿革史』より、「セメントで儲けた話」払い下げの回想、工部省沿革報告書に記された深川工場の浅野への貸し下げ、明治23年ごろの深川 浅野工場の全景、工場で下駄を拾った回想、血を吐いた日々の回想、浅野工場最初の新聞広告(東京日日新聞 明治19年)『浅野セメント沿革史』より、高木兼寛の「金と命と」、50万円の3分の1の回想、安田善次郎、深川工場に据え付けた日本最初の回転窯(明治36年)『浅野セメント沿革史』より、深川工場の撤廃を約した承諾書(明治44年)『浅野セメント沿革史』より、浅野セメント川崎第二工場(大正9年竣工)『浅野セメント沿革史』より、浅野造船所附近図 鶴見・川崎の埋立地(昭和9年)『我社の生立』より、浅野セメント初代社長 浅野総一郎、安田善次郎の洋装の肖像、安田善次郎と鶴見の埋め立て、埋め立て中の鶴見の海(大正5年)『我社の生立』より、鶴見の埋立地と浅野造船所の船台工事(大正5年)『我社の生立』より、仮事務所の屋上から見た浅野造船所(大正6年1月)『我社の生立』より、「泥縄式」と評された造船所建設、浅野造船所 第1船「白鹿丸」の進水式(大正6年7月17日)『我社の生立』より、浅野造船所 開業式の日(大正6年4月7日)『我社の生立』より、旭硝子の工場から見た浅野造船所の全景(大正5年11月)『我社の生立』より、浅野総一郎の談話「日本に取ってどれ丈け大きな損害か」東京朝日新聞 大正10年9月29日、「惜しい安田の死」、「今日では二人前だけ働く他ない」、サクが書き残した日記の山、「明治から昭和へ」82歳の浅野の談話、帽子を振る晩年の浅野総一郎、浅野造船所 初代社長 浅野総一郎、渋沢栄一(青淵)が浅野に贈った題字「力勝貧 謹勝禍」
Wikimedia Commons ほか(パブリックドメイン):横浜の眺め、フェリーチェ・ベアト撮影 横浜のパノラマ、明治時代の横浜本町通り、フェリーチェ・ベアト撮影 愛宕山から見た江戸のパノラマ、歌川広重「東都名所 御茶ノ水之図」、歌川広重「東都 御茶の水」、海図「武蔵国横浜湾」、高島嘉右衛門、兜町の第一国立銀行、東洋汽船の日本丸、東洋汽船の天洋丸、東洋汽船のポスター、サンフランシスコの波止場に着いた天洋丸、東洋汽船の天洋丸・地洋丸、浅野総一郎邸「紫雲閣」の外観、鶴見臨港鉄道の電車
▼BGM(OpenTracks/旧DOVA-SYNDROME)
・千歳の如く/すもち ・旅立ち/もっぴーさうんど ・陰鬱な青/Merry bad ending ・深域で待つもの/alaki paca ・突然の別れ/マニーラ ・向日葵/田中芳典
▼ナレーション
VOICEVOX:青山龍星
#裏偉人伝 #偉人 #日本史