豊臣秀長が死ぬと何が崩れた?兄を支えた弟の死から4年半、身内5人が消えた豊臣家【豊臣兄弟!】
見てわかる日本史
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豊臣秀長が死ぬと何が崩れた?兄を支えた弟の死から4年半、身内5人が消えた豊臣家【豊臣兄弟!】
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1591年1月22日、豊臣秀吉の弟・秀長は大和の郡山城で52歳で亡くなりました。秀吉と大名や奉行のあいだに立っていた弟がいなくなると、豊臣の家では何が崩れていったのか。
小田原攻めに出られなかった最後の1年、噂と黒い印、千利休の切腹、秀長の死の2日前に出ていた朝鮮出兵の号令、息子・鶴松、母・大政所、甥の秀勝・秀保・秀次の死をたどります。
秀長の家臣たちはどこへ行ったのか。そして「秀長が生きていれば」は本当なのか。二つの見方も紹介します。
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目次
0:00 はじめに
1:23 天下を二人で
3:05 小田原に行けなかった
4:49 1月22日
6:31 代わりがいない
8:36 止められなかった唐入り
11:25 大和の家が消える
13:00 秀次の夏
14:39 弟の家臣は徳川へ
16:35 もし生きていたら
18:47 まとめ
系図・史実には諸説あります。動画では「史実」と「伝承」を分けてお話ししています。誤りに気づいた方は、コメントで教えてください。
人物のセリフは、史料に残る言葉・伝わる言葉を、ナレーションとは別の声で読み上げたものです(出どころは画面に表示)。
地図:地球地図日本
画像:Wikimedia
#豊臣秀長 #秀長 #豊臣兄弟