【西郷隆盛と頭山満】玄洋社思想を護る会講演|大谷翔平・中村天風・広瀬淡窓
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【西郷隆盛と頭山満】玄洋社思想を護る会講演|大谷翔平・中村天風・広瀬淡窓
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西郷隆盛と頭山満~玄洋社思想を護る会講演
玄洋社思想を護る会講演録。
西郷隆盛と頭山満、そして大谷翔平・中村天風・広瀬淡窓へと
続く日本人の精神の系譜を解き明かす。
浦辺登プロフィール
幕末、近現代史の研究者、書評家。福岡大学卒。一般社団法人もっと自分の町を知ろう会長。https://www.mottoji.net/ 福岡を近現代史研究の中心に置き、思わぬ人と人の繋がりから近代日本の盲点や謎を紐解いている。特に玄洋社については日本でも数少ないの研究者の一人。主な著書、『明治4年久留米藩難事件』弦書房、『維新秘話福岡』花乱社、 『玄洋社とは何者か』弦書房 令和6年6月「霊園から見た近代日本」等多数
著作は以下のサイトから
https://www.urabe-noboru.com/
玄洋社思想を護る会
福岡市早良区重留4-2-52-502
玄洋社は明治期からアジア主義を掲げ、欧米列強の植民地主義に対抗するためインド独立運動を支援した。頭山満らはラス・ビハリ・ボースをはじめとする亡命インド人革命家を庇護し、資金や人脈を提供。福岡を拠点に安全な活動環境を与え、日本国内での世論形成にも尽力した。これによりインド独立運動は日本を後ろ盾とし、後のインド国民軍や独立運動の展開につながった点で玄洋社の支援は大きな意義を持っています。
玄洋社はテロリストかアジア独立の英雄か
欧米列強の植民地支配が浸透するアジア地域において奴隷制度からの独立を支援した玄洋社。
戦後、GHQにより、解散させられた玄洋社の功績はあまり知られていない。
今一度、郷土福岡の英雄である玄洋社の活動を紐解き、玄洋社のメンバーが支援した中国、インド、朝鮮などの植民地支配からの解放を支えたか。
GHQにより貼られた右翼というレッテルの誤解を解き、福岡の自由民権団体が大アジア主義を掲げて活動したのか。
玄洋社
玄洋社(げんようしゃ)は、1879年に福岡で創設された政治結社で、日本の国家主義を掲げた組織です。初代社長は平岡浩太郎で、中心的なメンバーには頭山満や内田良平などがいました。
頭山満 (とうやま みつる)
生没年
安政2年4月12日 〜 昭和19年10月5日
(1855年5月27日 〜 1944年10月5日)
出身地
福岡県
職業・身分
社会運動家
別称
立雲(りつうん)
国家主義運動家。父は福岡藩士。明治初年、福岡の不平士族の結社・矯志社の蜂起計画に加わり入獄。のちに民権運動に参加し、12(1879)年向陽社を結成、国会開設請願運動を行う。14年向陽社を玄洋社と改称、次第に国権論・アジア主義の主張を強める。対外強硬論を唱え日本の対外膨張政策に関与する一方、孫文・金玉均はじめアジアの独立派・革命派の政治家たちを支援した。右翼の巨頭として政界に隠然たる影響力を持った。
内田良平
1874年 - 1937年
日本の国家主義者 アジア主義者
黒龍会主幹、大日本生産党総裁
黒龍会
1901年(明治34年)1月に設立された国家主義団体
第一次世界大戦後、黒龍会は人種的差別撤廃提案を
提出させようと運動。一方、ビハーリー・ボースの
亡命支援などに携わりインド独立運動やフィリピン
独立運動など復興アジア運動を積極的に行った。
2008年 創立者の内田良平の血脈道統を継承する遺族で
平岡浩太郎の曾孫である田中健之によって再興されている
作家、書評家の浦辺登氏を中心に紐解いていくチャンネルです。
「12~13歳までに自国の神話を学ばなかった民族は、例外なく滅んでいる」
英歴史学者アーノルド·J· トインビー(1889-1975)
▼公式サイト:https://qpri.tv
九州プリンシプルテレビLLC
#西郷隆盛 #頭山満 #大谷翔平