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王が作ったお嬢様学校、7歳で入ると20歳まで家に帰れなかった。

名もなき人々の歴史

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王が作ったお嬢様学校、7歳で入ると20歳まで家に帰れなかった。

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ヴェルサイユ宮殿の近くに、王が作ったお嬢様の学校がありました。7歳で入ると20歳まで家に帰れず、親に会えるのは1年に4回、それも鉄格子の窓ごし。1700年ごろのフランス、サン=シールの「王の学校」で暮らした12歳の少女たちの一日を、当時の記録と規則をもとにたどります。国王が見に来た少女たちの劇が、なぜ学校を修道院に変えたのか。そして、その名前が陸軍士官学校として残った理由も。 チャプター 0:00 王が作った、お嬢様の学校 3:35 朝6時、40のベッド ── 12歳の少女の一日 11:10 鉄格子の面会室 ── 親に会えるのは年4回 12:37 国王が見に来た劇 ── 学校が修道院になるまで 16:50 その後のサン=シール ── 女学校から陸軍士官学校へ 参考文献 Théophile Lavallée『Histoire de la maison royale de Saint-Cyr (1686-1793)』(1853、archive.org 収録) ── 一日の時間割(6時起床・8時ミサ・正午の昼食・2時まで休み・6時まで勉強と作業・9時就寝)、40床の寝室と先生の小部屋2つ・夜通し灯るランプ、8〜10人の班と作業机、リボンの色と学年・学ぶ内容、茶色の薄手の毛織物の制服・白い麻の帽子・レース、食堂の朗読台、1784年の医師の報告、年上の生徒の作業と年下の子の世話、面会は四大祝日の年4回と鉄格子の小窓、マントノン夫人が朝6時前に寝室に来た話、黒いリボンの生徒 マントノン夫人『Choix d'entretiens』/『Conseils et instructions aux demoiselles de Saint-Cyr』(Lavallée 編、archive.org 収録) ── 少女たちへの講話・先生たちへの指示(才気と沈黙、骨の折れる仕事、家事のできる働き者、結婚と服従について) Octave Gréard「Saint-Cyr」(Ferdinand Buisson 編『教育学辞典』、INRP 電子版) ── 1686〜1773年に学校を出た1,121人のうち修道女になったのは398人・残りは「世の中へ出た」、面会への監督の女性の立ち会い、閉鎖の経緯 セヴィニェ夫人の書簡(1689年2月21日付、娘グリニャン夫人宛) ── 『エステル』の観劇と、ルイ14世との会話 Clarisse Bader『La femme française dans les temps modernes』(Project Gutenberg 収録) ── 1691年9月のマントノン夫人の手紙(驕りが全員に広がった・才女気取り・良い修道女にもなったはず) Dominique Picco「Les demoiselles de Saint-Cyr (1686-1793)」(2006、要旨) ── 開校から閉鎖までの生徒数(3,000人あまり) Roger Chartier「The Practical Impact of Writing」(マッジョーロ調査の紹介) ── 1686〜90年の結婚記録に署名できた女性の割合(約14%) napoleon.org「Bonaparte, Élisa (1777-1820)」 ── 1784年に7歳で入学、1792年に兄ナポレオンが迎えに来たこと、持参金ではなく旅費だけだったこと フランス語版/英語版Wikipedia「Maison royale de Saint-Louis」「Lycée militaire de Saint-Cyr」「Esther (Racine)」「Madame de Maintenon」 ── 1686年の開校・マンサール設計・ヴェルサイユの西約5km、入学の条件と250人の定員、持参金3,000リーヴル、ラシーヌ『エステル』(1689年)、1692年の修道院化、1792年の閉校決定と1793年の閉鎖、1808年の陸軍士官学校、第二次世界大戦の空襲、1984年からの女子の入学、マントノン夫人の生涯(1719年死去) フランス国防省 文化遺産部(DELPAT) ── 正面の銘文「サン=ルイ王立学院、1686年創立」 #歴史 #世界史 #歴史解説 #フランス史 #ルイ14世 #マントノン夫人 #サンシール #ヴェルサイユ #17世紀 #女学校 #寄宿学校 #修道院 #貴族の娘 #名もなき人々の歴史