【徳川将軍家】御三家から将軍は2人だけ。徳川の血はどうつながれたのか?
歴史のもう一つの顔
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【徳川将軍家】御三家から将軍は2人だけ。徳川の血はどうつながれたのか?
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血筋が絶えたときのために、家康が遺した御三家。そのおかげで徳川は265年続いた、とよく語られます。
しかし15人の将軍のうち、御三家から出たのはわずか2人。筆頭の尾張家からは、一人も将軍が出ていません。
将軍に跡継ぎがないときのためにあった、尾張・紀伊・水戸の御三家。
一度も将軍の座に届かなかった、筆頭の尾張家。
そして吉宗が、御三家とは別に作り足した「予備の家」。
では、徳川の血は、いったいどうやってつながれたのか。
幼い将軍の誕生、秀忠の血筋の断絶、将軍の跡継ぎの急死、そして幕末の跡継ぎ争い。将軍家を襲った4つの危機を、記録からたどります。
あなたは、徳川が265年続いた一番の理由は何だと思いますか? ぜひコメントで教えてください。
次に取り上げてほしいテーマのリクエストもお待ちしています。
▼この動画について
・年齢は数え年、月日は当時の暦(旧暦)でお伝えしています。
・家宣が尾張家の吉通に跡を譲る案を示した話は、新井白石の自伝『折たく柴の記』によるものです。
・宮将軍の案、江島生島事件の裏の謀略、宗春の墓の金網など、確かな記録で裏付けられない話は、説や言い伝えとして区別しています。
・諸説のある内容は「〜とされています」「〜と伝えられています」と区別してお伝えしています。
▼主な参考資料
・コトバンク「御三家」「御三卿」(日本大百科全書、精選版日本国語大辞典ほか)
・改訂新版世界大百科事典「徳川吉宗」(辻達也)
・国立国会図書館レファレンス協同データベース「徳川御三卿」
・徳川美術館「尾張徳川家について」
・『新修名古屋市史』第3巻
・新井白石『折たく柴の記』ほか
▼音声
VOICEVOX:青山龍星
▼楽曲提供
株式会社光サプライズ
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