Перейти к содержимому

#スポーク動輪チャンネル #新幹線の食堂車 #時速210キロで疾走する白い超特急に存在した走るレストラン #1964年 #昭和39年 #東海道新幹線開業から約36年間 #2000年 #平成12年

スポーク動輪チャンネル

0:00 / 0:00

#スポーク動輪チャンネル #新幹線の食堂車 #時速210キロで疾走する白い超特急に存在した走るレストラン #1964年 #昭和39年 #東海道新幹線開業から約36年間 #2000年 #平成12年

6 108 просмотров · 2 дня назад
スポーク動輪チャンネル
675 подписчиков
6 108 просмотров · 2 дня назад
新幹線の食堂車——それは、かつて時速210キロで疾走する白い超特急の中に存在した、日本で一番エネルギッシュで、一番ロマンチックな「走るレストラン」でした。 1964年(昭和39年)の東海道新幹線開業から、時代の波に押されて完全に姿を消した2000年(平成12年)までの約36年間。窓の外を流れる日本列島の四季折々の景色を眺めながら、白いテーブルクロスの上でナイフとフォークを動かした記憶は、昭和から平成を駆け抜けた人々の心に、今も温かい光を灯し続けています。 今回は、その食堂車で提供されていたメニューの価格変遷と料理の内容を軸に、当時の物価やインフレの熱気、そしてそこに込められた料理人たちのプライドの歴史を、熱く、優しくひも解いていきましょう。 1. 黎明期:1964年〜 ビュフェ時代の「180円カレー」から始まった物語 新幹線が産声を上げた1964年(昭和39年)、実はまだ現在のような「独立した食堂車」はありませんでした。東京〜新大阪間を4時間で結んだ「ひかり」の車内に設けられたのは、立ち食いスペースとお土産売り場を兼ねた「ビュフェ(軽食車両)」でした。 ここで人々の心を掴んだのが、新幹線グルメの代名詞となるカレーライスです。 1964年(開業時)のビュフェ価格と内容 カレーライス:130円〜150円 サンドイッチ:100円 コーヒー:60円 当時の大卒初任給が約2万円、街の喫茶店のコーヒーが70円前後だった時代です。超特急の中で温かいご飯とスパイスの香るカレーが食べられる幸福感は、乗客にとって何よりの贅沢でした。 その後、日本経済の高度成長とともに物価も上昇し、1972年(昭和47年)時点のビュフェでは、カレーライスは180円、洋食の朝定食は250円〜300円へと改定されていきます。 2. 激動と狂乱の時代:1974年〜 本格食堂車オープンと「ハイパー・インフレ」 1975年の山陽新幹線(岡山〜博多)全線開業を控え、東京〜博多間の所要時間が7時間を超えることから、1974年(昭和49年)9月に待望の「本格的な食堂車」が0系新幹線に連結されました。海側に通路を設け、山側に4人掛けのテーブルを配置したその空間は、窓が大きく取られ、まさに動く高級レストランでした。 しかし、この時代は日本経済が「オイルショック」による激しいインフレ(狂乱物価)に直面していた時期でもあります。その影響は、食堂車のメニュー価格にもダイレクトに現れました。 【新幹線カレーライス価格の激動の変遷】 ・1972年(ビュフェ): 180円 ・1974年(食堂車誕生): 350円 ・1978年(食堂車定着): 550円 わずか6年の間に、カレーの価格は180円から550円へと3倍近くに跳ね上がったのです。まさに「狂乱物価」そのものを映し出す鏡が、食堂車のメニュー表でした。 4つの会社が競い合った「至高のメニュー」 当時の新幹線食堂車の素晴らしいところは、国鉄がすべてを運営していたのではなく、「帝国ホテル」「ホテルニューオータニ(ビュッフェとうきょう)」「都ホテル」「日本食堂」という、日本を代表する名門ホテルや老舗が集まって運営されていた点です。 列車ごとに担当する会社が異なり、それぞれがプライドをかけて自慢の味を提供していました。 1970年代後半(昭和53年前後)の代表的なメニューと価格を見てみましょう。 名門ホテルたちが競った昭和50年代のメニュー例 特製ビーフカレー:550円 (帝国ホテルなどの伝統の味) ビーフシチュウ定食:2,000円〜2,100円 ハンバーグステーキ:700円 サーロインステーキセット:3,000円 当時、街の食堂のカレーが300円〜400円だったことを考えると、食堂車の550円は少し強気な「ホテル価格」でした。さらに2,000円を超えるビーフシチューや3,000円のサーロインステーキセットは、当時の大卒初任給が約9万〜10万円だったことを考えると、現在の感覚では数万円に匹敵する超高級品! それでも、「新幹線に乗って特別な旅をするのだから」と、奮発して注文するビジネスマンや家族連れが後を絶たなかったのです。特に帝国ホテルが担当する列車は「街のレストラン以上のステータス」として大人気でした。 3. 黄金期:1985年〜 100系新幹線の登場と「2階建てのロマン」 1980年代後半、日本がバブル経済へと突き進む中で、新幹線食堂車は最大の黄金期を迎えます。それを象徴するのが、1985年(昭和60年)にデビューした100系新幹線です。 100系の一部車両には「2階建て車両」が組み込まれ、その2階部分が丸ごと食堂車になりました。2階の客席からは、これまでにない高い視点から美しい車窓が広がり、まさに「天空のレストラン」の趣でした。 バブル期(1980年代後半〜1990年代初頭)のメニュー価格と内容 ビーフカレーライス:700円〜800円 ハンバーグステーキ(単品):700円〜900円 ビーフシチューセット:1,300円 ステーキセット:3,500円 物価の安定とともに価格の上昇は緩やかになりましたが、メニューの質はさらに洗練されました。予約なしで本格的なコース料理が楽しめ、ワインのボトルを空けながら夕暮れの富士山を眺める——そんな大人たちの優雅な時間が、そこには流れていました。 厨房の裏話と幻の「ハチクマライス」 新幹線の食堂車は、時速200キロ以上で激しく揺れる過酷な環境です。しかも火気厳禁のため、すべて電気コンロや電子レンジの初期型を用いた「電化厨房」でした。その限られたスペースで、コックたちは激しい揺れの中でもスープやソースをこぼさないよう細心の注意を払い、一流ホテルから派遣された料理人としてのプライドを胸に、温かい出来立ての料理を提供していたのです。市中より価格が高めだったのは、こうした特殊な移動空間での調理コストも含まれていました。 また、メニュー表には載っていない裏メニューとして「ハチクマライス」というものもありました。これは食堂車で働く従業員たちの「まかない飯」で、丼ご飯の上にカレーやハヤシソースをかけ、その上に目玉焼きを乗せた簡単なものです。時には夜遅い時間の列車で、材料が残っている場合に限り乗客に提供されることもあり、鉄道ファンの間で語り継がれる伝説のメニューとなりました。 4. 終焉へのカウントダウン:1990年代〜2000年 時代のスピードに追われて しかし、栄華を極めた食堂車にも、時代の変化という名の「終わりの足音」が近づいていました。 1992年に登場した「のぞみ」(300系新幹線)を筆頭に、新幹線はさらなる高速化の時代へ突入します。東京〜大阪間が2時間半を切るようになると、「わざわざ食堂車へ移動してゆっくり食事をする」という乗客のニーズ自体が減少していきました。 さらに、駅ナカで購入できる「駅弁」のバリエーションが豊かになったことや、コンビニエンスストアの普及、そして「座席数を増やしてより多くの乗客を運びたい」という輸送効率の追求から、食堂車は次第に追いつめられていきます。 最後の「感謝価格」と幕引き 2000年(平成12年)3月のダイヤ改正をもって、東海道・山陽新幹線からすべての食堂車が撤退することが決まりました。 最後の営業期間中、ジェイダイナー東海(旧日本食堂系)などの営業所では、長年の愛顧に感謝を込めて特別メニューやサービスが提供されました。消費税(当時は5%)が定着した2000年3月11日の廃止直前、メニュー表に刻まれていた端数まで正確な実際の価格がこちらです。 2000年3月・食堂車終焉時の正確なメニュー価格 ビーフカレーライス:783円 スパゲティミートソース:783円 ハンバーグステーキセット:1,000円 とんかつカレー:1,053円 海老フライセット:1,485円 うなぎ蒲焼き御膳:1,575円 市中のファミリーレストランなどと比べれば少し高めではありましたが、そこには最後まで「温かい出来立ての料理を車内で提供する」という、料理人とウェイトレスたちの意地とプライドが詰まっていました。2000年3月11日、多くの鉄道ファンやかつての旅人たちに見守られながら、新幹線の食堂車は36年の歴史にそっと幕を下ろしたのです。 5. まとめ:メニュー価格が教えてくれる、私たちの歩んだ足跡 新幹線の食堂車メニューの価格変遷を振り返ることは、そのまま日本経済の激動の歴史を振り返ることに他なりません。 年代 代表的なカレーの価格 時代背景と料理の特徴 1964年 130円〜150円 東海道新幹線開業。高度経済成長期のビュフェスタイル 1974年 350円 本格食堂車誕生。オイルショックによる物価高騰の始まり 1978年 550円 狂乱物価のピーク。4大名門ホテルがプライドをかけ競演 1988年 750円前後 100系2階建て食堂車。バブル期の華やかで贅沢な旅の象徴 2000年 783円(最終期) 食堂車の廃止。高速化・効率化の完遂と、最後の幕引き 130円から始まったカレーは、最終的に783円となり、その役割を終えました。 現在では、東海道新幹線の食堂車で愛されたあの味を再現した「復刻 新幹線懐かしのビーフカレー」などがレトルトで販売されており、自宅の食卓であの特別なインディゴブルーの夜空や、窓を流れる街灯りを思い出すことができます。 効率とスピードが最優先される現代だからこそ、かつて時速200キロの車内で揺れるスープに気を配りながら、優雅に食事を楽しんだ「心のゆとり」の価値が、より一層愛おしく感じられるのではないでしょうか。