【20万石が7万石に】殿様の国替えに百姓が立ち向かった『天保義民』の雪の旅を完全再現!!|江戸道中帳
江戸一里塚
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【20万石が7万石に】殿様の国替えに百姓が立ち向かった『天保義民』の雪の旅を完全再現!!|江戸道中帳
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江戸一里塚
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20万石の庄内から、7万石の長岡へ。江戸時代、殿様の国替えに真っ先に声を上げたのは、なぜか百姓たちでした。雪の羽州街道を江戸まで歩いた、120里の直訴の旅を再現します。
▶ 江戸の旅を歩くシリーズをまとめて見る
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天保11年(1840年)冬、幕府は庄内藩主・酒井家に越後長岡への国替え「三方領知替え」を命じました。主人公は、遊佐の近くの村で肝煎(村役人)を務める54歳の善右衛門。村の米の数字を誰よりも知る男が、若い長太とともに、江戸へ訴え出る21人の一人として雪の道に踏み出します。酒田、清川、最上川、羽州街道、山中七ヶ宿、奥州街道を経て江戸へ。庄内藩士の「聞見録」などの記録をもとに、道中を再現します。
【見どころ】
・表向き14万石、実際は20万石を超えたともいわれる庄内。肝煎が気にした「もう一つの数字」とは
・江戸を目指した21人のうち、たどり着けたのは11人
・殿様の常宿「庄内屋」が残る楢下宿と、雪の山中七ヶ宿
・百姓をかくまった同郷の公事師・佐藤藤佐と、南町奉行・矢部定謙の縁
・二人分の旅費は約4万6千円、かけそば95杯分。帳面の最後の一行に書かれたものは…
殿様の暮らしを決めた数字に、百姓たちは何を突きつけたのか。最後まで見ていただければ、その答えが見えてきます。
■ 参考資料
致道博物館 天保義民関連企画展資料
國學院大學 翻刻『庄内藩佐藤氏旧蔵 天保改革期前後「聞見録」』
国立国会図書館 レファレンス協同データベース(天保義民関係資料)
『日本大百科全書』『日本歴史地名大系』(羽州街道)
東北観光推進機構(荘内藩清川関所)、楢下宿・七ヶ宿街道の観光案内資料
■ ご注意
主人公は記録をもとにした架空の人物です。映像は当時の様子をイメージした再現イラスト(AI生成)を含みます。金額の換算は「かけそば一杯16文=約500円」を目安にした参考値です。
もしあなたが肝煎の善右衛門だったら、村役人の立場を危うくしてまで江戸へ向かいましたか。それとも村に残って帳面を守りましたか。ぜひコメントで教えてください。チャンネル登録もよろしくお願いします。
#江戸時代 #羽州街道 #歴史