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【金地院】京都 KYOTO KONCHI-IN 徳川家康ゆかりのお寺

きままふら

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【金地院】京都 KYOTO KONCHI-IN 徳川家康ゆかりのお寺

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きままふら
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●南禅寺塔頭:金地院 ◆「徳川実記」によれば、徳川家康は駿府城で  臨終に際して、以心崇伝(臨済宗の僧)  (金地院崇伝)、天海、側近の本多正純を呼び      次のように遺言しています。   「久能山に納め、御法会を江戸増上寺、霊牌     は三洲大樹寺、御周忌終て下野国   日光山へ小堂を営造、京都には金地院に   小堂をいとなみ所司代はじめ武家の   輩進拝せしむべし」 ◆東照宮  徳川家康の遺言で建てられ、家康の遺髪と稔    持仏を祀っている  ※遺言に残した廟所は、久能山、日光、   金地院の3か所  :その後、徳川の治世には多くの東照宮が全     国に創設されていますが   (全国に700社が創設されたと推測され    ています)現存するのは130社ほど ◆金地院の明智門は、1582年(天正10年)   明智光秀が大徳寺に寄進した銀で大徳寺の  方丈に建てられた門 *明智門  明治10年代、大徳寺から移築された。    *明智門が移築される前は、京都国立博物館の   北にある豊国神社の唐門がありました。  (伏見城の城門と伝えられている) *明治維新後、東山・阿弥陀峰に祀られていた   豊国大明神が山麓に境内を賜り鎮座すること   になり、明治13年に竣成され神門とするた  め金地院の門が豊国神社に移築された。 *鶴亀の庭(枯山水)   白砂を大きく取り、左に鶴島・右に亀島を配    する構(小堀遠州作) #徳川家康 #明智門 #金地院