LIFE HUB The Culture Academy #17 純愛小説のすすめ 三島由紀夫『潮騒』より
西任暁子のコミュニケーション・アカデミー
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LIFE HUB The Culture Academy #17 純愛小説のすすめ 三島由紀夫『潮騒』より
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#17 純愛小説のすすめ 三島由紀夫『潮騒』より
※この概要欄の下部に、動画の文字起こしを掲載しています。
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【文字起こし】
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#17 純愛小説のすすめ
三島由紀夫『潮騒』より
海に囲まれた、小さな島。
朝には、水平線から光が昇り、
夕暮れには、漁を終えた舟が、
静かに港へ帰ってくる。
人々は、海とともに働き、海とともに暮らし、
寄せては返す波の音を聞きながら、それぞれの人生を生きている。
三島由紀夫の『潮騒』は、そんな島を舞台にした、
若い男女の、清らかな愛の物語です。
主人公は、新治という青年。
父を亡くした新治は、母と弟を支えるため、
漁師として、毎日、海へ出ています。
決して裕福ではありません。
けれど、新治は、自分の境遇を嘆くことなく、
目の前の仕事を、黙々と続けています。
海を恐れ、同時に、海を敬い、汗を流して働く。
多くを語らず、自分に与えられた一日を、誠実に生きる青年です。
ある日、新治は、見慣れない少女と出会います。
少女の名は、初江。
長く島を離れていましたが、父に呼び戻され、
故郷へ帰ってきたのです。
初江の父は、島でも有力な船主でした。
貧しい漁師の新治と、裕福な船主の娘である初江。
二人の間には、生まれ育った環境の違いがありました。
けれど、心が心を見つけるとき、人がつくった境界は、
それほど大きな意味を持たないのかもしれません。
二人は、互いに惹かれ合います。
そこには、巧みな駆け引きも、飾り立てた言葉もありません。
ただ、会いたいと思う。
相手の声を聞きたいと思う。
その人がそこにいるだけで、
世界が少し明るく見える。
そんな、まだ名前さえ必要としないような、まっすぐな思いがありました。
しかし、小さな島では、人の思いは、静かにはしていられません。
嫉妬から生まれた噂が、風のように島中へ広がっていきます。
いつしか、真実ではないことまでもが、まるで真実であるかのように語られはじめます。
初江の父は、二人が会うことを禁じました。
新治と初江は、引き離されます。
会うことができない。
言葉を交わすこともできない。
自分たちの真実よりも、周囲の噂のほうが、大きな力を持ってしまう。
それでも二人は、相手を信じることをやめませんでした。
誰かに誤解されたからといって、自分の心まで疑うことはありませんでした。
会えない時間のなかで、二人は、それぞれに問い続けます。
自分は、何を信じるのか。
誰の言葉に従って、生きるのか。
そして二人が選んだのは、周囲の声ではなく、
自分の胸の奥にある、偽りのない思いでした。
やがて新治は、初江の父が所有する船で働くことになります。
航海の途中、船は激しい嵐に襲われます。
空は暗く閉ざされ、波は船をのみ込もうと荒れ狂い、激しい風が、人々から自由を奪っていきます。
誰もが恐れ、動くことをためらうなか、
新治は、海へ飛び込みます。
命を落とすかもしれない。
それでも、新治は進みます。
誰かに立派だと思われるためではありません。
勇敢な人間であることを、証明するためでもありません。
目の前の船を守ること。
ともに働く仲間を守ること。
いま、自分が果たすべき仕事を、最後まで果たすこと。
それが、自分の信じる生き方だったからです。
新治の誠実さは、言葉によってではなく、
行動によって示されました。
その働きを知った初江の父は、ようやく、新治という青年の本質を知ります。
貧しいか、裕福かではない。
どのような家に生まれたかでもない。
一人の人間が、何を信じ、その信じたもののために、どのように行動するのか。
そこにこそ、人の本当の価値があるのだと。
父は、新治を認め、二人の結婚を許します。
こうして新治と初江は、噂や嫉妬、貧富の違いを乗り越え、結ばれることになります。
『潮騒』は、一人の青年と、一人の少女が、純粋な愛を実らせていく物語です。
けれど、この物語に描かれているのは、恋愛だけではないように思います。
この作品を通して、三島由紀夫が私たちに語りかけていること。
それは、もしかすると、自身の内にある真実に従い、その真実を、信じ尽くして生きよ。
ということなのではないでしょうか。
私たちは、多くの声に囲まれて生きています。
世間の常識。
周囲からの評価。
誰かがつくった正解。
失敗するかもしれないという恐れ。
人に嫌われたくないという思い。
いつの間にか、自分の心から聞こえていたはずの声よりも、
外から聞こえてくる声のほうが、大きくなることがあります。
自分は、本当は何を大切にしたかったのか。
何を信じて、この道を歩きはじめたのか。
そのことさえ、見えなくなってしまう日があります。
けれど、新治と初江は、自分たちの内にある真実を、
周囲の声に明け渡しませんでした。
誰かに信じてもらえなくても、自分たちは、互いを信じる。
すぐには報われなくても、自分が正しいと思う生き方を続ける。
その静かな強さが、やがて二人の未来を開いていったのです。
自分の真実に従うということは、好きなことだけをすることではありません。
自分の都合を押し通すことでも、他者の言葉に耳をふさぐことでもありません。
私は、何を大切にする人間なのか。
どのようなときにも、裏切らずにいたいことは何なのか。
その問いから逃げず、自分なりの答えを、
一つひとつの行動によって引き受けていくことです。
それは、恋愛だけではありません。
家庭のなかでも。
社会のなかでも。
一人の社員としても。
誰かを導く立場にある人にも。
あらゆる仕事に携わる、すべての人にとって、大切なことです。
自分は、何のために働いているのか。
この仕事を通して、誰に、何を届けたいのか。
誰も見ていないところで、どのような誠実さを守りたいのか。
その答えを、自分の内に持っている人は、困難のなかでも、進む方向を見失いません。
誰にも評価されなくても、必要だと信じる仕事を続ける。
誰かに見られていなくても、目の前の仕事を、おろそかにしない。
自分が引き受けるべき場面で、責任から逃げない。
新治が嵐の海へ飛び込めたのは、その瞬間だけ、特別に勇敢な人間になったからではありません。
海と向き合い、家族を支え、毎日の仕事に心を尽くしてきた。
その日々の積み重ねが、嵐のなかで、一つの勇気となって現れたのです。
人は突然、誠実になるのではありません。
人は突然、勇敢になるのでもありません。
誰にも見えない日々のなかで、何を選び、何を守り、どのように生きてきたのか。
そのすべてが、人生の大切な瞬間に、その人の行動となって現れるのです。
だからこそ、自分を信じるという言葉には、責任が伴います。
自分の真実を信じるなら、
その真実にふさわしい自分であり続けること。
誰かに理解してもらうよりも先に、自分自身が、自分を裏切らないこと。
それが、信じ尽くして生きるということなのだと思います。
人生は、海に似ています。
光に満ちた、穏やかな日もあります。
どこへ向かえばよいのか分からない、深い霧の日もあります。
そして、ときには、自分の力では抗えないほどの嵐が、すべてを揺さぶることもあります。
そんなとき、私たちを最後に支えるものは、誰かから与えられた正解ではありません。
私は、何を信じるのか。
私は、どのような人間でありたいのか。
自分の胸の奥にある、小さくても、確かな真実です。
『潮騒』は、愛する人を信じる物語であると同時に、
自分自身の生き方を信じる物語です。
純愛とは、ただ一人の人を、思い続けることだけではないのかもしれません。
自分の内に生まれた、偽りのない思いを大切にすること。
そして、
その思いにふさわしい自分であろうと、誠実に生き続けること。
その生き方そのものが、純愛なのかもしれません。
誰かを信じること。
自分を信じること。
自分の仕事を信じること。
そして、自身の内にある真実を、最後まで信じ尽くして生きること。
もし今、周囲の声に迷い、進むべき道を見失っているのなら。
ほんの少し立ち止まり、自分の胸の奥へ、静かに問いかけてみてください。
私は、本当は何を信じているのだろう。
私は、どのような人間として、この人生を生きたいのだろう。
答えは、すぐには見つからないかもしれません。
はっきりとした言葉には、ならないかもしれません。
それでも、胸の奥から聞こえてくる小さな声を、どうか、聞き捨てないでください。
その声に耳を澄まし、その声を信じ、日々の行動によって育てていく。
それがきっと、自分自身の人生を生きるための、最初の一歩になるのだと思います。
海は、今日も、寄せては返しています。
私たちの迷いも、恐れも、すべてを受け止めるように。
その絶え間ない潮騒の向こうには、まだ誰も知らない未来が、静かに広がっています。
その未来へ向かって。
自分の内にある真実を信じ、自分の足で、歩いていく。
たとえ、嵐の日が訪れても。
自分自身を、最後まで裏切ることなく。