Перейти к содержимому

【衝撃!】江戸の鰻飯はなぜ丼に飯を敷いた?百文で売られた蒲焼の一杯とは…【江戸めし絵巻】

江戸めし絵巻

0:00 / 0:00

【衝撃!】江戸の鰻飯はなぜ丼に飯を敷いた?百文で売られた蒲焼の一杯とは…【江戸めし絵巻】

40 просмотров · 8 дней назад
江戸めし絵巻
3 подписчика
40 просмотров · 8 дней назад
鰻の丼といえば、いまは飯の上に蒲焼が一枚です。 けれども江戸の記録では、形が違います。 丼の飯の上に焼いた鰻を五つか六つ並べ、その上にまた飯を敷き、表に小さい鰻を六つか七つ。 大小十切れほどの鰻が、二段に重なっていました。 値は百文から二百文ほど。売り歩きの串の鰻が一串十六文だった時代です。 飯を敷いたのは、芝居小屋へ届ける蒲焼を冷まさないためだった、という話も伝えられています。 ▼チャンネル登録はこちら https://www.youtube.com/@edomeshi_ema... ▼参考にした資料 ・喜田川守貞『守貞謾稿』(国立国会図書館蔵)鰻飯・鰻蒲焼売り・たれの記述 ・nippon.com「江戸が誇ったブランド『江戸前鰻』は関西の鰻とどこが違うのか?:『守貞漫稿』(その4)」(2020年) ・国立国会図書館 ジャパンサーチ ギャラリー「江戸の食風景」 ・『近世職人尽絵詞』(1805年)/『浄瑠理町繁花の図』(国立国会図書館蔵) ・宮川政運『俗事百工起源』(1865年)※鰻飯の始まりの伝承として ・歌舞伎座「江戸食文化紀行 no.256 鰻の蒲焼」(松下幸子) ※江戸後期の資料を参考にした創作です。人物・会話は架空で、江戸のすべての人の暮らしを示すものではありません。 ※映像表現の一部にAI技術を使用/音声 VOICEVOX(ちび式じい/九州そら/玄野武宏/もち子さん/No.7)