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【二子玉川②】なぜ多摩川の河原に「飛行場」があったのか?

宙のトリトン

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【二子玉川②】なぜ多摩川の河原に「飛行場」があったのか?

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東京・二子玉川。「世田谷区たまがわ花火大会」の会場となる多摩川の河原には、かつて本物の「飛行場」がありました。 ▼前回|【二子玉川】なぜセレブの街を「ジャリ電」が走っていたのか?    • 【二子玉川①】なぜセレブの街を「ジャリ電」が走っていたのか?|今も残る玉電の痕跡   10月3日に二子玉川を訪れる予定の方にも、ぜひ最後までご覧いただきたい一本です。 ▼本編で紹介しきれなかった発見や、制作・撮影時の裏話はこちら 【二子玉川】花火大会会場にあった滑走路|玉川読売飛行場 https://note.com/triton_beyond/n/n336... ▼古写真を片手に、動画の舞台を実際に歩いてみませんか? 撮影地点をたどれる散歩コースと、現地で使えるPDFマップ付きです。 https://note.com/triton_beyond/n/n587... 📚 古写真でもっと知りたい方へ 『写真が語る 世田谷区の100年』いき出版、2020年1月刊 https://link.amazon/B0ijGlz0j ※Amazonのアソシエイトとして、宙のトリトンは適格販売により収入を得ています。 現在、野球場やサッカー場が広がる二子玉川緑地運動場。 その一帯には、かつて「玉川読売飛行場」の滑走路や格納庫がありました。 しかも飛行場を造ったのは、軍でも航空会社でもなく「新聞社」。 なぜ読売新聞社は、多摩川の河原に飛行場を造ったのか? 遊覧飛行やパラシュート塔で賑わった「遊びの空」は、戦争、敗戦、そして戦後の航空復興の中で、どのように役割を変えていったのか。 飛ぶための空から、戦う空、飛べない空、学びの空、飛躍の空へ――。 そして現在は、花火大会の日に多くの人が一緒に「見上げる空」となりました。 歴史を「再現可能なロジック」として読み解く、大人のための歴史教養コンテンツとしてお楽しみください。 【チャプター(目次)】 00:00|プロローグ:多摩川の河原に飛行場?【二子玉川】 00:57|今回は二子玉川の「空」に注目 01:45|古写真に残る「玉川読売飛行場」 03:01|第1章:ここに飛行場があった【二子玉川緑地運動場】 05:03|なぜ新聞社が飛行場を造ったのか?【正力松太郎】 07:29|第2章:遊びの塔が、戦争の塔になった【二子玉川公園】 09:33|パラシュート塔から軍事利用へ 10:48|終戦――「飛べない空」へ 11:35|第3章:学生の夢が、この空を飛んだ 12:47|学生グライダーと戦後航空の再出発 14:28|ANAの前身も玉川飛行場で訓練した 15:38|飛行場が役目を終えた理由 16:28|エピローグ:飛行機の空から、みんなが見上げる空へ 17:47|滑走路跡が花火大会の会場に 18:24|二子玉川の空が語るもの 【主な参考文献・史料】 読売新聞社『読売新聞百年史』(1976年)・『読売新聞八十年史』(1955年)、全日本空輸株式会社『大空へ十年』(1962年)、世田谷区 / 建設省 占用許可関係公文書(1973年)、田中賢一『あ丶純白の花負いて : 陸軍落下傘部隊戦記』、日本道路株式会社『この道この歩み-五十年史』、NPO法人学生航空連盟ウエブサイトほか 【所蔵・画像協力】 『多摩川の鳥』田村栄、国立国会図書館、国土地理院、防衛研究所、三井住友トラスト不動産、Harry S. Truman Library & Museumほか 【地理情報・映像技術】 Google Earth Studio 【現地取材・撮影】 宙のトリトン(東京都世田谷区) 【案内人・解説】 トリトン(大人の学び直し案内人) ソラ(ナビゲーター) ▼チャンネル登録はこちら https://www.youtube.com/@sora.no.trit... --------------- この動画では、歴史の「なぜ」を現地取材と一次資料から紐解いていきます。 地図を片手に、時空を超える旅へ。 ---------------- #二子玉川 #玉川読売飛行場 #多摩川 #二子玉川緑地運動場 #二子玉川公園 #世田谷区たまがわ花火大会 #世田谷たまがわ花火大会 #散歩 #街歩き #飛行場跡 #パラシュート塔 #世田谷 #東京 #歴史