【渡哲也×吉永小百合】“結婚できなかった2人”が最後に望んだ「大ラブシーン」…51年前に映画から消された抱擁、家族の反対、29年後の再会と78歳で果たせなかった約束
昭和の記憶
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【渡哲也×吉永小百合】“結婚できなかった2人”が最後に望んだ「大ラブシーン」…51年前に映画から消された抱擁、家族の反対、29年後の再会と78歳で果たせなかった約束
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渡哲也と吉永小百合――昭和を代表する二人の名優が、日本映画史に残した“結ばれなかった恋”と、果たされなかった最後の約束。名作映画、昭和芸能、結婚、家族、そして晩年の闘病まで、半世紀以上にわたる二人の歩みをたどります。
1966年、映画『愛と死の記録』。吉永小百合さんの相手役を務める予定だった浜田光夫さんが、撮影直前の事故で右目に重傷を負います。そこで急きょ代役に選ばれたのが、当時24歳の渡哲也さんでした。
広島で始まった過酷な撮影。蔵原惟繕監督のもと、渡哲也さんと吉永小百合さんは少しずつ信頼を深めていきます。そして原爆ドームで撮影された、二人が強く抱き合う場面。しかし、その“抱擁”は完成した映画から姿を消しました。
撮影後、二人は私生活でも距離を縮め、結婚まで真剣に考えたと伝えられています。それでも、女優を続けるのか、家庭に入るのか。吉永小百合さんの家族、仕事、そして昭和という時代の価値観が、二人の前に大きく立ちはだかりました。
1969年ごろ、二人は別々の人生を選びます。
それから長い年月を経た1998年。吉永小百合さんが出演を望んだ『時雨の記』で、渡哲也さんと29年ぶりの本格共演が実現します。若い日の恋をやり直すのではなく、それぞれの人生を背負った二人だからこそ演じることのできた“大人の恋”でした。
そして2017年。長い闘病を続けていた75歳の渡哲也さんは、吉永小百合さんを前にこう語ります。
「元気になったら、最後の一本は吉永さんとご一緒したい」
さらに、「大ラブシーンのあるものを」。
51年前、原爆ドームで撮影されながら映画から消えたラブシーン。そして人生の終盤で、もう一度口にした“大ラブシーン”。
この二つに、渡哲也さん自身がどこまで同じ意味を重ねていたのかは分かりません。しかし、二人の長い歴史を知ったあとでは、その言葉はまったく違って聞こえてきます。
2020年8月10日、渡哲也さんは78歳で亡くなりました。
吉永小百合さんとの「最後の一本」は、ついに実現しませんでした。
結婚しなかったから、二人の時間が消えたわけではない。
別々の人生を歩いたから、互いへの信頼まで失われたわけではない。
渡哲也と吉永小百合。
『愛と死の記録』から『時雨の記』、そして果たされなかった最後の約束まで。
昭和から平成、令和へと残された二人の物語を、ぜひ最後までご覧ください。
▼ 参考資料
日活『愛と死の記録』
https://www.nikkatsu.com/movie/20949....
日活『愛と死の記録』作品紹介
https://www.nikkatsu.com/focus/vol7.html
東映ビデオ『時雨の記』
https://www.toei-video.co.jp/catalog/...
日刊スポーツ「渡哲也2年ぶり元気な姿 吉永小百合と映画共演約束」
https://www.nikkansports.com/entertai...
ORICON NEWS「渡哲也さん、10日に肺炎で死去 78歳」
https://www.oricon.co.jp/news/2169506...
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