Перейти к содержимому

「日高見国の謎──記紀が封印した東日本の記憶」

和の記憶 -Echoes of Japan-

0:00 / 0:00

「日高見国の謎──記紀が封印した東日本の記憶」

9 579 просмотров · 1 день назад
和の記憶 -Echoes of Japan-
7,65 тыс. подписчиков
9 579 просмотров · 1 день назад
🔶 和の記憶 - Echoes of Japan - 第73作「日高見国の謎──記紀が封印した東日本の記憶」 ⚡️ ハイプのお願い YouTubeの新機能「ハイプ」が導入されています。もし今回の内容が心に残りましたら、応援の一押しをいただけますと幸いです。 平安の世から今日まで、宮廷の浄化儀礼で奏上されてきた大祓詞に、ひとつの謎がある。 「四方の国中と、大倭日高見の国を安国と定め奉りて」 大和の横に並ぶ「日高見」とは何か。日本書紀は「東夷の中に日高見国あり、土地沃壌にして曠し、撃ちて取るべし」と記し、征服の対象として描いた。しかし奈良時代に編まれた常陸国風土記には、ただ一行、こう残されている。「此の地は本、日高見の国なり」と。 東北古代史の泰斗・高橋富雄は、さらに踏み込んでこう主張する。倭国が日高見国を併合したとき、「日本」という国号を採用した。つまり私たちが今も使うこの国の名前は、日高見国の略称だったのだ、と。 本作では、 ・大祓詞の政治性──「大倭日高見国」という一句に潜む二重の意味 ・武内宿禰の報告と日本武尊の東征──正史が描いた東の外部世界 ・移動する地名──常陸から北上川へ、境界線とともに北へ押し出された呼称 ・北上川はかつて日高見川だった──川の名前に刻まれた征服と命名の政治学 ・星神・甕星香々背男と大甕神社──鹿島・香取の平定神話と重なる天体祭祀の古層 ・田中英道の高天原関東説──縄文遺跡の東日本集中が示すもう一つの歴史観 ・巣伏の戦いと阿弖流為──千人を超える死者を出した朝廷軍の大敗と、1990年代まで封印されていた記憶 ・封印の三形態──神社・大祓詞・川の名前として生き延びた日高見の記憶 を手がかりに、記紀が語らなかった東日本のもう一つの姿を静かに辿ります。 「日高見」という言葉は今も東日本の各地に散っている。常陸(ひたち)、日高地方、飛騨(ひだ)。そして北上川のほとりに、日高見神社は今も静かに鎮まっている。政治的な空間としての日高見は消えた。しかし言葉の記憶は消せなかった。 📌 本動画は、記紀・風土記・祝詞の記述と学術研究をもとに構成した歴史考察ドキュメンタリーです。日高見国の実在・所在・国家性については学説が大きく分かれており、田中英道説・高橋富雄説を含むいずれの見解も、一つの解釈・見方として紹介するものです。特定の学説の正しさを断定するものではありません。 🖋️ 脚本・構成:カムイ 🎙️ ナレーション:Voicepeak(男性3) 📷 映像制作:Sony ZV-E10/GoPro HERO10/Filmora/Leonardo.ai 🎞️ 撮影・編集:和の記憶プロジェクト #日高見国, #ひたかみのくに, #大祓詞, #北上川, #阿弖流為, #蝦夷, #鹿島神宮, #香取神宮, #大甕神社, #甕星香々背男, #田中英道, #高橋富雄, #古代東北, #縄文文明, #歴史ドキュメンタリー, #和の記憶