「日高見国の謎──記紀が封印した東日本の記憶」
和の記憶 -Echoes of Japan-
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「日高見国の謎──記紀が封印した東日本の記憶」
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🔶 和の記憶 - Echoes of Japan - 第73作「日高見国の謎──記紀が封印した東日本の記憶」
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平安の世から今日まで、宮廷の浄化儀礼で奏上されてきた大祓詞に、ひとつの謎がある。
「四方の国中と、大倭日高見の国を安国と定め奉りて」
大和の横に並ぶ「日高見」とは何か。日本書紀は「東夷の中に日高見国あり、土地沃壌にして曠し、撃ちて取るべし」と記し、征服の対象として描いた。しかし奈良時代に編まれた常陸国風土記には、ただ一行、こう残されている。「此の地は本、日高見の国なり」と。
東北古代史の泰斗・高橋富雄は、さらに踏み込んでこう主張する。倭国が日高見国を併合したとき、「日本」という国号を採用した。つまり私たちが今も使うこの国の名前は、日高見国の略称だったのだ、と。
本作では、
・大祓詞の政治性──「大倭日高見国」という一句に潜む二重の意味
・武内宿禰の報告と日本武尊の東征──正史が描いた東の外部世界
・移動する地名──常陸から北上川へ、境界線とともに北へ押し出された呼称
・北上川はかつて日高見川だった──川の名前に刻まれた征服と命名の政治学
・星神・甕星香々背男と大甕神社──鹿島・香取の平定神話と重なる天体祭祀の古層
・田中英道の高天原関東説──縄文遺跡の東日本集中が示すもう一つの歴史観
・巣伏の戦いと阿弖流為──千人を超える死者を出した朝廷軍の大敗と、1990年代まで封印されていた記憶
・封印の三形態──神社・大祓詞・川の名前として生き延びた日高見の記憶
を手がかりに、記紀が語らなかった東日本のもう一つの姿を静かに辿ります。
「日高見」という言葉は今も東日本の各地に散っている。常陸(ひたち)、日高地方、飛騨(ひだ)。そして北上川のほとりに、日高見神社は今も静かに鎮まっている。政治的な空間としての日高見は消えた。しかし言葉の記憶は消せなかった。
📌 本動画は、記紀・風土記・祝詞の記述と学術研究をもとに構成した歴史考察ドキュメンタリーです。日高見国の実在・所在・国家性については学説が大きく分かれており、田中英道説・高橋富雄説を含むいずれの見解も、一つの解釈・見方として紹介するものです。特定の学説の正しさを断定するものではありません。
🖋️ 脚本・構成:カムイ
🎙️ ナレーション:Voicepeak(男性3)
📷 映像制作:Sony ZV-E10/GoPro HERO10/Filmora/Leonardo.ai
🎞️ 撮影・編集:和の記憶プロジェクト
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