サイレンススズカを失って狂い始めた歯車 未来のダービー馬との出会い 騎手として頂点に立った1年|武豊5000勝ドキュメンタリー第37話【1998年完結編】
推しターフ
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サイレンススズカを失って狂い始めた歯車 未来のダービー馬との出会い 騎手として頂点に立った1年|武豊5000勝ドキュメンタリー第37話【1998年完結編】
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順風満帆だった秋を襲った、サイレンススズカの悲劇。
その夜、武豊は泣きながら酒を飲み、人生で初めて泥酔している。切り替えることができないまま、しばらく悲しみに浸っていた。
それでも、週末は来る。競馬は1週も止まらない。
1998年の武豊は、そこまでが順風満帆だった。
4月に桜花賞、6月には10度目の挑戦で日本ダービー、8月にはフランスへ渡り、日本で調教された馬として初めて海外のG1を勝っている。秋に入ってからも、6週続けて重賞を勝った。
手元にはダービー馬のスペシャルウィークがいて、牝馬2冠のファレノプシスがいて、女帝と呼ばれたエアグルーヴがいた。この年のG1は、菊花賞から有馬記念まで、まだ8つ残っている。
ところが、11月1日を境に、歯車が狂いはじめる。
翌週には自分の騎乗が原因で3週間も競馬場に立てなくなり、そのあいだに自分が仕上げてきた馬たちが、他人の手綱で次々と負けていった。
そして11月の終わり、武豊は1頭の馬と出会う。
かつて自分が牝馬2冠へ導いた馬が、最初に産んだ仔だった。
これは、1998年の11月と12月。
順風満帆だった武豊が、最後までリズムを取り戻せないまま年を越す、1998年の終わりの物語である。
0:00 狂いはじめた歯車
1:42 新たな出会い
4:21 普通の馬
7:07 大物感漂う新馬戦
10:01 枠順に嫌われた菊花賞
12:42 39年の時を超えて
14:33 乗り替わりになった馬たち
16:28 騎乗停止明けの初日
17:55 生まれた場所
18:48 武豊が見抜いた馬
21:33 来年への切符
22:35 エアグルーヴとの最後の一戦
25:28 武豊の1998年
28:54 語れるようになるまで
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#武豊 #競馬
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第1話から順番に: • 武豊5000勝ドキュメンタリー|本編を第1話から順番に