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【栃錦・初代若乃花】昭和35年、日本中が見ていた ― そして、あの時代は終わった

相撲伝説と闇

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【栃錦・初代若乃花】昭和35年、日本中が見ていた ― そして、あの時代は終わった

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相撲伝説と闇
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昭和三十五年三月二十日、大阪。 両横綱・栃錦と若乃花——どちらも十四日間、一度も負けていない。千秋楽、結びの一番。勝ったほうが、全勝優勝。相撲が始まって以来、初めての夜でした。 あの日、日本中が、茶の間の白黒テレビの前に座っていました。 あなたは、どこで、誰と、あの一番をご覧になっていたでしょうか。 この動画では、昭和三十年代の大相撲を二つに分けた「栃若時代」を、栃錦清隆と、初代・若乃花幹士、二人の歩みとともに、ゆっくりと振り返ります。 ▼この動画でお話しすること ・入門したときは、わずか七十五キロ。「マムシ」と呼ばれた土俵の名人・栃錦 ・いちばん重いときで、百五キロ。青森のりんご畑から、室蘭の港へ——「土俵の鬼」若乃花 ・昭和二十六年、二人の初顔合わせ ・昭和二十八年三月、髷の元結が切れても続いた、あの死闘 ・昭和三十三年、若乃花 横綱昇進。東と西に並び立った両横綱 ・昭和三十四年五月、千秋楽と優勝決定戦——一日に二度の対決 ・昭和三十五年三月二十日、史上初の「全勝対決」。その前の晩、二人が映画館で鉢合わせした話 ・栃錦の引退。そして、残された若乃花に起きた不思議なこと ・両国国技館の建設と、「栃若、二人掛かりです」 ・街頭テレビから、お茶の間のテレビへ——あの熱狂を支えた、時代の背景 ▼本場所での対戦成績 栃錦 十九勝・若乃花 十五勝(全三十四番/うち栃錦の不戦勝が一番)。 これに、昭和三十四年五月場所の優勝決定戦を加えますと、二人が土俵で向き合ったのは、三十五番ということになります。 ▼目次 00:00 ① あの夜、日本中がテレビの前にいた 00:00 ② 時代の幕開け——二人は、どこから来たか 00:00 ③ 好敵手——追いかける背中、抜いた日 00:00 ④ 昭和三十五年三月二十日、全勝対決 00:00 ⑤ 幕引き——二人が土俵を降りた日 00:00 ⑥ 余韻——そして、あの時代は終わった ▼コメント欄で、お聞かせください あの千秋楽の夜、あなたはどちらを応援していらっしゃいましたか。 栃錦か、若乃花か。どんな部屋で、どなたと一緒にご覧になっていたか。 よろしければ、コメント欄に、あの頃の思い出を書き残していってください。 ▼参考文献・出典 ① 栃錦清隆『栃錦一代』(中央公論社/1961年) ② 小坂秀二『栃若時代』(光人社/1988年) ③ 『激動の相撲昭和史』(ベースボール・マガジン社/1990年)p.332 ④ 『大相撲名門列伝シリーズ(1) 春日野部屋』(ベースボール・マガジン社)p.51 ⑤ 『大相撲ジャーナル』2017年8月号 p.46/2018年3月号 p.58-59(ベースボール・マガジン社) ⑥ 『名力士ライバル列伝』栃錦編・若乃花編(ベースボール・マガジン社) ⑦ 朝日新聞デジタル 2017年1月26日「国技館、無借金で再建の訳」 ⑧ 時事通信社「鎮魂譜」(初代若乃花 関連記事) ⑨ 日本相撲協会 公式サイト/相撲レファレンス(Sumo Reference)——場所成績・対戦成績の照合 ⑩ テレビ普及・街頭テレビに関する各資料(秋葉原電気街振興会 ほか) 1 #栃若時代 検索の主軸。この時代を指す固有名詞、競合が薄い 2 #栃錦 名前アンカー① 3 #若乃花 名前アンカー②(※1〜3はタイトル上に表示される) 4 #昭和の大相撲 上位カテゴリで面を取る 5 #相撲伝説と闇 チャンネル名=ブランド回収