1530年、中国の皇帝が孔子の王号を廃止した日
水墨神話スイボクシンワ
0:00 / 0:00
1530年、中国の皇帝が孔子の王号を廃止した日
141 просмотр · 2 недели назад
水墨神話スイボクシンワ
4 подписчика
141 просмотр · 2 недели назад
紀元前479年、彼は見るべき官職も、改革された国も、説得された君主も残さずに世を去りました。
その千二百年以上あと、開元二十七年。唐の玄宗が彼を文宣王と追諡します。以後、廟の像は冕をかぶり、圭を執り、王の紋章のある衣をまといました。同じく朝廷から封号を受けた道教や民間の神々と、姿だけでは見分けがつかない状態です。
そして嘉靖九年、朝廷はその冕を下ろしました。
これは孔子の伝記ではありません。本人が異議を唱えられなくなったあとに何が起きたかの話です。国家が彼をどう制度化し、神と同じ規格で祀り、そして考えを変えたか。中国が手放したものを、日本・朝鮮・ベトナムがそれぞれどの部分だけ残したか。
日本が受け入れたのは廟と祭礼と書物で、科挙は入っていません。そして湯島聖堂の大成殿には、明が廃止したはずの坐像が、いまも四配の木主と並んで置かれています。
参考文献
Mark Csikszentmihalyi「Confucius」スタンフォード哲学百科事典
Julia K. Murray「"Idols" in the Temple: Icons and the Cult of Confucius」Journal of Asian Studies
Michael Hunter『Confucius Beyond the Analects』(Brill, 2017)
本エピソードの映像はすべて、チャンネルの水墨スタイルによるAI生成イラストです。写真・記録映像は使用していません。人物は一貫して顔を描いていません。美術上の方針であると同時に、1530年以降の孔子廟が像に代えて置いたものが、名前を記した一枚の板だったことにも対応しています。