麻酔の正体|それは眠りではない。179年、誰も仕組みを説明できていない
学びたい大人のための大学
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麻酔の正体|それは眠りではない。179年、誰も仕組みを説明できていない
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手術の前に、こう言われます。「これから眠っていただきます」。
けれど、眠っている人は名前を呼べば起きます。肩を叩けば目を開けます。
麻酔をかけられた人は、体にメスを入れても起きません。脳波を見ると、それは睡眠ではなく、昏睡のほうによく似ています。
世界では毎年、3億件を超える手術が行われています。そのたびに私たちは、人の意識を意図的に消しています。
ところが、なぜ意識が消えるのかを、誰も説明できません。
効く薬に、共通のかたちが無いからです。原子ひとつで他の原子と手を結ぶことすらしないキセノンから、白い脂の乳液プロポフォールまで。
似ても似つかない分子が、そろって同じ一つのことをやってのけます。
この講義の答えは一点です。
麻酔は、脳を「止めて」いません。脳の部品はどれも動いています。止まっているのは、部品どうしの「やりとり」のほう。
麻酔がしているのは、止めることではなく ── 切り分けること。
停電ではないのです。家々の明かりはついていて、切れているのは家と家をつなぐ電話線のほうです。
■ この動画で分かること
・麻酔と睡眠はどう違うのか(覚醒可能性/脳波/バーストサプレッション)
・麻酔中の脳は動いている ── TMSで脳を「叩いて」反響を測る方法と、PCIという指標
・効く薬に共通の分子構造が無い ── 化学結合を作らないキセノンが、なぜ意識を消せるのか
・100年間ただ一つの手がかりだったマイヤー・オーバートン則(油への溶けやすさの直線)
・1984年、ホタルの発光酵素が脂質説をひっくり返した(フランクス&リーブ)
・ブレーキを踏む薬とアクセルを外す薬 ── 正反対のやり方で、なぜ同じ結果になるのか
・1993年のヤギの実験 ── 動きを止めていたのは脳ではなく脊髄だった
・1846年10月16日、エーテルドーム。患者アボットは「意識はあった。痛みは無かった」と語った
・ケタミンで眠らされた人は、全員が夢を見ていた ── 「反応しない」は「意識が無い」ではない
・術中覚醒はいつ起きるのか(NAP5の全数調査)/神経の慣性と、目覚めの順番
・神経も脳も持たない植物にも、麻酔薬は効く
■ 章立て
0:00 導入
0:55 第1章 眠っては、いない
6:21 第2章 止まって、いない
12:14 第3章 かたちが、ない
16:35 第4章 油の、直線
21:22 第5章 ホタルが、変えた
26:09 第6章 逆から、同じ場所へ
31:06 第7章 ヤギの、首
36:07 第8章 一八四六年十月十六日
42:40 第9章 ケタミンの、夢
49:02 おわりに
■ 補足(正確を期すために)
・全身麻酔の作用機序は、分子の標的については詳しく分かっていますが、
「なぜ体験そのものが消えるのか」までは繋がっていません。解明された、とは言えません。
・「可逆的な薬物性の昏睡」という位置づけは、麻酔が危険という意味ではありません。
先進国で麻酔そのものが原因の死亡は、100万件あたり25件ほどと報告されています。
・術中覚醒の発生率(約1/19,600)は患者からの自発報告にもとづく数字です。
あとから積極的に問診すると、より多く見つかるという別系統の報告があります。調べ方で変わります。
・術後せん妄の発生率は研究によって大きく幅があり(高齢者でおよそ5〜50%)、単一の数字では言えません。
「麻酔で認知症になる」という因果は確立していません。
・PCI(摂動複雑性指標)は統合情報理論から発想された指標であり、理論そのものの証明ではありません。
・植物に麻酔薬が効くという実験は、「植物に意識がある」ことを示すものではありません。
・ウォーレンの「諸君、これはいんちきではない」は、出来事から13年後に初めて活字になった伝聞です。
■ 主な出典
・Brown, Lydic & Schiff (2010) N Engl J Med 363:2638 ── General anesthesia, sleep, and coma
・Casali et al. (2013) Sci Transl Med 5:198ra105 ── 摂動複雑性指標(PCI)
・Sarasso et al. (2015) Current Biology 25:3099 ── プロポフォール/キセノン/ケタミンの比較
・Franks & Lieb (1984) Nature 310:599 ── ホタル・ルシフェラーゼと麻酔薬
・Koblin et al. (1994) Anesth Analg ── 非固定化剤(マイヤー・オーバートン則の例外)
・Antognini & Schwartz (1993) Anesthesiology ── ヤギの選択的脳麻酔
・Lee et al. (2011) PLoS ONE / Mashour (2014) ── 前頭→頭頂フィードバックの遮断
・Pandit et al. (2014) Br J Anaesth 113:549 ── NAP5(術中覚醒の全数調査)
・Friedman et al. (2010) PLoS ONE ── 神経の慣性(ヒステリシス)
・Yokawa et al. (2018) Annals of Botany 122:747 ── 麻酔薬と植物の運動・活動電位
・Bainbridge et al. (2012) Lancet ── 周術期・麻酔関連死亡の推移
・Weiser et al. / Lancet Commission on Global Surgery (2015) ── 世界の年間手術件数
■ クレジット
Music: Origami by Scott Buckley (CC BY 4.0)
映像素材: Pixabay
人物写真: Wikimedia Commons
・Humphry Davy (Thomas Phillips) / Crawford Long / Horace Wells / William T. G. Morton ── いずれもパブリックドメイン
・Inside the Ether Dome at Massachusetts General Hospital — Kenneth C. Zirkel, CC BY-SA 4.0
サムネイル背景: 生成画像
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