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埴輪は何のために古墳へ並べられたのか|約1700年前は死者に向けた筒の列、約1500年前は外の人にも見せる舞台になった【今城塚古墳】

棒人間日本史

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埴輪は何のために古墳へ並べられたのか|約1700年前は死者に向けた筒の列、約1500年前は外の人にも見せる舞台になった【今城塚古墳】

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埴輪は何のために古墳へ並べられたのか。 人の顔を思い浮かべる人が多い埴輪ですが、最初に古墳へ並んだのは人ではなく、筒でした。 約1700年前に円筒埴輪が現れ、約50年後に家や鶏、武器や道具の形が加わり、人物と動物はさらに後に加わります。置き場も、墳頂から造出し、そして堤へと広がりました。 もともとは死者に向けて置かれた埴輪が、約1500年前には、古墳を囲む堤の上で外の人にも見せる場面を作るようになります。 2025年12月に羽曳野市の峯ヶ塚古墳で見つかった笠形木製品、高さ242センチの円筒、今城塚古墳で確認された位置へ戻された約190点から、どこまで言えるのかを追いました。 0:00 2025年12月の笠形木製品 1:43 6種類の列 2:38 1700年前の筒 3:52 2つの先祖 5:02 朝顔の口 6:05 242センチの筒 7:14 1本から列へ 8:01 50年後の家 8:50 てっぺんの家 10:05 3つの道具 11:14 土と木の笠 13:11 1600年前の張り出し 14:01 見る人の目 14:47 1500年前の堤 15:35 190点の舞台 17:16 170センチの家 18:20 犬・猪・鹿 19:05 馬・牛・鵜 20:06 最後に人 20:55 6世紀の2人 22:12 100人の土部 23:27 人より先の筒 24:43 内から外へ 26:10 顔より場所 28:40 次回予告 前回「前方後円墳はなぜ鍵穴の形なのか|四角い前方部は高さ2メートルから36メートルになった【誉田御廟山古墳】」 次回は「蘇我入鹿は、なぜ飛鳥の宮で討たれたのか」 【出典】 ・羽曳野市教育委員会 報道提供資料 2025年12月15日(峯ヶ塚古墳の笠形木製品) ・羽曳野市「令和4年度 峯ヶ塚古墳発掘調査成果」 ・文化庁 広報誌「特別展『はにわ』」 ・高槻市『たかつきDAYS』2025年7月号「埴輪配置の移り変わり」 ・高槻市「史跡今城塚古墳」「動物の埴輪」、今城塚古墳公園の案内 ・藤井寺市「埴輪の種類」「埴輪の起源」「埴輪の起源説話」『ふじいでら歴史紀行230』 ・東京国立博物館 特別展「はにわ」「埴輪 踊る人々」 ・宮内庁「主な所蔵資料」「蓋形埴輪」 ・明日香村「飛鳥宮跡」 VOICEVOX:青山龍星 #埴輪 #古墳 #日本史