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退職した夫と迎えた私の誕生日。外食を贅沢と言われ、私は夫の集まりの領収書を示した。これからの家計に、私を祝う余地はあるのか

人生の

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退職した夫と迎えた私の誕生日。外食を贅沢と言われ、私は夫の集まりの領収書を示した。これからの家計に、私を祝う余地はあるのか

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六十六歳の誕生日、夫は二人で六千円の外食を贅沢だと言いました。私は鶏肉を今夜のおかずと客用に分ける手を止め、先週、夫の仲間を迎えるために使った一万七千八百四十円の領収書を食卓へ置きました。 夫が退職して二か月。年金も税金も家計帳で確かめ、買い物かごから品物を戻してきたのは私です。早朝の品出しで働いた給料から、足りない食費を黙って補ってきました。それでも夫の集まりは必要な支出で、私の誕生日は我慢するものなのでしょうか。 豪華なお祝いが欲しかったわけではありません。温かい料理を、最初から椅子に座って、夫と同じ速さで食べたかった。私は店へ電話をかけ、予約を二名から一名に変えました。自分の小遣いで払う三千円に、美容院を先延ばしにすることまで考えながら。 けれど、一人で食事に出れば済む話ではありませんでした。次の土曜日にも、夫は仲間五人を招いています。買い物代はどこから出すのか。仕込みも料理も、また私が全部するのか。帰ったら家計帳を開き、今まで曖昧にしてきたことを話すつもりでした。 老後の貯金を守りたい気持ちは、私も同じです。ただ、家の修繕費を戻すために働き続け、家族の予定が重なれば私が勤務を変える。その暮らしの中で、膝を休ませたいという希望は、いつ話せばいいのでしょう。夫に助けてもらった思い出があるからこそ、決めるのも簡単ではありません。 一枚の領収書から始まった話し合いは、私の給料、休みの日、そしてこれからの住まいへと続いていきます。家族を大切にすることと、自分の暮らしを自分で決めること。その両方を諦めたくない私が、何を確かめ、どんな一歩を選ぶのか。どうぞ、その迷いごと聞いてください。 #熟年夫婦 #退職後の家計 #年金生活 #老後の住まい