「MACF礼拝映像」2026年10月25日
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MACF礼拝説教要旨
2026年10月25日
「連帯する謙遜な王なるイエス」
ヨハネによる福音書19章
こうして、彼らはイエスを引き取った。
17イエスは、自ら十字架を背負い、いわゆる「されこうべの場所」、すなわちヘブライ語でゴルゴタという所へ向かわれた。
18そこで、彼らはイエスを十字架につけた。また、イエスと一緒にほかの二人をも、イエスを真ん中にして両側に、十字架につけた。
19ピラトは罪状書きを書いて、十字架の上に掛けた。それには、「ナザレのイエス、
ユダヤ人の王」と書いてあった。
20イエスが十字架につけられた場所は都に近かったので、多くのユダヤ人がその罪状
書きを読んだ。それは、ヘブライ語、ラテン語、ギリシア語で書かれていた。
21ユダヤ人の祭司長たちがピラトに、「『ユダヤ人の王』と書かず、『この男は
「ユダヤ人の王」と自称した』と書いてください」と言った。
22しかし、ピラトは、「わたしが書いたものは、書いたままにしておけ」と答えた。
******
ヨハネによる福音書の記事には民衆からの罵声や嘲笑などの出来事は書かれていませんし、
途中、シモンという人に十字架を担うことを助けてもらったことも書かれていません。
イエス様は自らの十字架を自らがしっかり担ったというメッセージがここに感じられます。
責任のすべてを自らの心と身体とで果たしているイエス様の姿です。
イエス様はご自分で担うべきすべての苦難をご自身で引き受けられました。
ここには書かれていませんが、マタイによる福音書には人々の嘲笑が書き留められています。
マタイによる福音書27章です。
27それから、総督の兵士たちは、イエスを総督官邸に連れて行き、部隊の全員をイエスの周りに集めた。 28そして、イエスの着ている物をはぎ取り、赤い外套を着せ、 29茨で冠を編んで頭に載せ、また、右手に葦の棒を持たせて、その前にひざまずき、「ユダヤ人の王、万歳」と言って、侮辱した。 30また、唾を吐きかけ、葦の棒を取り上げて頭をたたき続けた。 31このようにイエスを侮辱したあげく、外套を脱がせて元の服を着せ、十字架につけるために引いて行った。
37イエスの頭の上には、「これはユダヤ人の王イエスである」と書いた罪状書きを掲げた。 38折から、イエスと一緒に二人の強盗が、一人は右にもう一人は左に、十字架につけられていた。 39そこを通りかかった人々は、頭を振りながらイエスをののしって、 40言った。「神殿を打ち倒し、三日で建てる者、神の子なら、自分を救ってみろ。そして十字架から降りて来い。」 41同じように、祭司長たちも律法学者たちや長老たちと一緒に、イエスを侮辱して言った。 42「他人は救ったのに、自分は救えない。イスラエルの王だ。今すぐ十字架から降りるがいい。そうすれば、信じてやろう。 43神に頼っているが、神の御心ならば、今すぐ救ってもらえ。『わたしは神の子だ』と言っていたのだから。」 44一緒に十字架につけられた強盗たちも、同じようにイエスをののしった。
イエス様は「ローマの兵隊」からも「民衆からも」罵られ、軽蔑的な取り扱いを受け、一緒に十字架にかけられている犯罪人たちからも罵られています。そして、それらをしっかり自らの中に受け止めています。罪あるすべての存在と連帯しているのです。
そして、強調されているのは「このイエスこそ王であった」というメッセージです。
総督ピラトはイエス様の十字架の上に札を掲げることを命じ、そこには「ユダヤ人の王」というタイトルが書かれました。
これはピラトにしてみれば、ユダヤの祭司長たちへの仕返しだったと思います。
彼らは「この男は神の子と自称し、王だと言っている・とんでもないことだ、殺してしまえ」と考えてピラトのもとにイエス様を連れてきました。
ピラトはイエス様と会話をしても、そこに「罪人の言動」を発見することはできませんでした。むしろ、イエス様の言葉によって、イエス様の威厳に触れた驚きがあったと思います。
18章には
36イエスはお答えになった。「わたしの国は、この世には属していない。もし、わたしの国がこの世に属していれば、わたしがユダヤ人に引き渡されないように、部下が戦ったことだろう。しかし、実際、わたしの国はこの世には属していない。」 37そこでピラトが、「それでは、やはり王なのか」と言うと、イエスはお答えになった。「わたしが王だとは、あなたが言っていることです。わたしは真理について証しをするために生まれ、そのためにこの世に来た。真理に属する人は皆、わたしの声を聞く。」
19章には
「10そこで、ピラトは言った。「わたしに答えないのか。お前を釈放する権限も、十字架につける権限も、このわたしにあることを知らないのか。」 11イエスは答えられた。「神から与えられていなければ、わたしに対して何の権限もないはずだ。だから、わたしをあなたに引き渡した者の罪はもっと重い。」
という威厳に満ちたイエス様の言葉が記録されています。
ピラトがこの言葉を信じたかどうかはわかりませんが、少なくともショックを受けたと
思います。
田舎育ちのユダヤ人の若者が当時の指導者たちに向かってこれだけ毅然と言葉を発することが出来ることへの驚きは大きかったと思います。そこでピラトはこの看板を十字架に掲げさせることになりました。
十字架にかけられている「ユダヤ人の王」
ユダヤ人たちにはショックだったでしょう。そして異邦人にとっては「どうしてユダヤ人の王が十字架につけられなければならなかったのか」考えるための素材になったことでしょう。この札はヘブライ語、ラテン語、ギリシア語で書かれました。
はからずも、ユダヤ人たちのためのヘブライ語、ローマ社会の公用語ラテン語、
そして地中海地域の人々が用いていたギリシャ語で読まれたのです。
それは当時の世界全体への「布告」としての役割を果たすことになりました。
イエス様はご自分の使命をしっかりご自身で果たし、同時に「王」という看板を
総督ピラトによって十字架の上に付けられました。
それがどれだけ異様な光景だったか、しかも、ののしられても、ののしりかえさず、
罵倒されても言い返すこともせず、もくもくと十字架へと向かわれた「王なるイエス」
そこに使命を果たし、自分では決して、偉そうな態度をとることをなさらなかった
不思議に謙遜な王イエス様の姿が書き表わされています。
イエス様は世の中のすべての「弱者・罪ある自分を自覚し、助けを意識しているすべての人」のために「十字架」への道を進まれた「愛に溢れた王」なのです。
***
「孤高の人」
関根一夫訳
彼は、世に知られぬ小さな村のユダヤ人家庭に生まれた。
母は、貧しい田舎の人だった。
彼が育ったところも、世間にはあまり知られていない小さな村だった。
彼は30才になるまで大工・石切り工として働いた。
それから、旅から旅の説教者として3年を過ごした。
一冊の本も書かず、事務所も持たず、自分の家も持っていなかった。
彼は、自分の生まれた村から300キロ以上出たことはなく、
偉人と言われる有名人にはつきものの「業績」を残したこともなかった。
彼は、人に見せる紹介状を持たず、自分自身を見てもらうことがただひとつの頼りだった。
彼は、その地域を巡回し、病人をいやし、足の不自由な人を歩かせ、視覚障害者の目を開き、神の愛を説いた。
神は善人にも悪人にも雨を降らせ、太陽を昇らせ、溢れるほどのいのちと愛を提供しておられることを語った。
ほどなく、この世の権力者たちは彼に敵対しはじめ、世間もそれに同調した。
彼の友人たちは、みな逃げ去った。
彼は裏切られ、敵の手に渡され、裁判にかけられ、ののしられ、唾をかけられ、殴られ、引きずり回された。
彼は十字架に釘づけにされ、二人の犯罪人の間に、その十字架は立てられた。
彼がまさに死につつある時、処刑を担当した者たちは彼の地上における唯一の財産、
すなわち彼の上着をくじを引いて分け合った。
彼が死ぬと、その死体は十字架から下ろされ、借り物の墓に横たえられた。
ある友人からの、せめてものはなむけであった。
2000年という長い年月が過ぎていった。
今日、彼は、人間の歴史の中心に立ち、前進する人類の先頭に立っているようだ。
「かつて進軍したすべての軍隊、かつて組織されたすべての海軍、かつて開催されたすべての議会、かつて権力を振るいながら統治したすべての王たちの 影響力のすべてを合わせ一つにしても、人類の生活といのちに及ぼし与えた影響の大きささにおいて、この
『ひとりの孤高な生涯』には到底及びも つかなかった。」と断言しても
間違いではないだろう。
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