【完全解説】よくわかる『月刊漫画ガロ』苦難と継承の歴史 1964〜2026【保存版】
ムービーベア и ボイくま
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【完全解説】よくわかる『月刊漫画ガロ』苦難と継承の歴史 1964〜2026【保存版】
34 340 просмотров · 3 дн. назад
ムービーベア и ボイくま
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漫画雑誌『月刊漫画ガロ』は、蛭子能収先生や杉浦日向子先生を世に出しながら、原稿料をまともに払えない時期が長く続いた雑誌でした
原稿料をまともに払えなかった雑誌を、何が支えてきたのでしょうか
ムービーベアでは、1964年の創刊から、ガロの流れを継ぐ漫画雑誌『アックス』(青林工藝舎)の2026年までをたどります
青林堂の長井勝一さんと白土三平先生の出会い、ガロの創刊と『カムイ伝』の連載
佐々木マキ先生や池上遼一先生が描いた1960年代、つげ義春先生の『ねじ式』、林静一先生の『赤色エレジー』、手塚治虫先生が発行した『COM』との違い
原稿料が出なくなった1970年代に、入選を夢見て描いた蛭子能収先生、南伸坊さんが編集部にいたころの『ペンギンごはん』、雑誌が売れない時期に売れ出した単行本と、杉浦日向子先生のデビュー
1990年、ゲームソフト会社ツァイトの山中潤さんが青林堂を引き取ったこと、内田春菊先生の『南くんの恋人』のヒット
1997年のデジタルガロ、青林堂の全社員の退社とガロの休刊、そして山中潤さんの話と当時の記事とで今も食い違う説明
蟹江幹彦さんのもとでの1999年の復刊と、2002年のオンデマンド出版への切り替えの発表
手塚能理子さんたちが立ち上げた青林工藝舎とアックス、花輪和一先生の『刑務所の中』、手塚能理子さんの追悼特集となったアックス169号まで
長井勝一さん、山中潤さん、手塚能理子さん、蛭子能収先生ら当事者の言葉を手がかりに、払えない原稿料と、それでも描いてきた作家たちの歩みを紹介します
みなさんがガロやアックスで初めて出会った作家は、誰だったでしょうか
よかったらコメント欄で教えてください
#月刊漫画ガロ #漫画雑誌 #漫画の歴史