平均寿命40歳の江戸で、三十歳独身男が「死ぬ日」より恐れた日とは?
僕らの江戸物語
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平均寿命40歳の江戸で、三十歳独身男が「死ぬ日」より恐れた日とは?
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【関連動画】
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【今回のお話】
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江戸時代の平均寿命は四十年ほど。三十歳の独身男なら残りは十年、と引き算をしたくなります。ところが天保の裏長屋をたどると、死ぬ日より長く暮らしを壊す日がありました。
天秤棒で売り歩く棒手振・伊助が、ある朝、熱で立てなくなります。命はあるのに、朝の河岸に間に合わないというだけで、その日の稼ぎも、借りている道具も、明日また借りられる立場も順番に手を離れていく。妻子はなく、昼のあいだ部屋には誰もいません。
家庭看護の書『病家須知』、独り身の病人を受けた小石川養生所、そして生命表の本当の読み方。三十歳の男が死ぬ日より恐れた日とは何だったのか、倒れた朝からの数日を追いかけます。
#江戸時代 #江戸の暮らし #長屋 #棒手振 #平均寿命 #病家須知 #小石川養生所 #独身 #生活史 #江戸の医療
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▼参考にした史料・資料
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澤田節子・榊原千佐子「平野重誠著『病家須知』から学ぶ看病の知恵」東邦学誌41巻3号
https://www.aichi-toho.ac.jp/wp-conte...
長澤克重「19世紀初期の庶民の生命表 ― 狐禅寺村の人口・民政資料による ―」立命館大学人文科学研究所紀要87号
https://www.ritsumei.ac.jp/acd/re/k-r...
国立歴史民俗博物館 平野重誠『病家須知』
https://khirin.rekihaku.ac.jp/pid/nmj...
東京都立図書館「小石川養生所之圖」
https://archive.library.metro.tokyo.l...
東京都公文書館『東京市史稿 救済篇』
https://www.soumu.metro.tokyo.lg.jp/0...
nippon.com「庶民の手軽な商い棒手振 ― 『守貞漫稿』(その5)」
https://www.nippon.com/ja/japan-topic...
東京大学史料編纂所『市中取締類集 二十二』
https://www.hi.u-tokyo.ac.jp/publicat...
三井文庫「奉公人2 生活と管理」
https://mitsui-bunko.or.jp/archives/s...
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※主人公の伊助は実在の人物ではありません。天保期の江戸に残る日銭商いの記録、家庭看護の書、家主の職務、小石川養生所の規定をもとに、当時ありえた数日を再現しています。病名と療養日数は固定していません。
※「平均寿命四十年」は、生まれた年の時点で見た平均余命です。動画で使った狐禅寺村(陸奥・文化七年〜文政四年)の生命表では、数え年一歳の男が四十・七年、十歳で五十・七年、三十歳で三十五・八年となっています。この試算は一村落の帳面をそのまま用いた第一次接近であり、江戸市中の値ではありません。村ごとの推計にも、二十六年ほどから四十四年を越えるまでの幅があります。
※本編に出てくる金額は、仕入れの元手にあたる六百から七百文と、百文につき二文か三文という利息だけです。これは『文政年間漫録』にある青物売りの一例で、棒手振すべてに共通する額ではありません。日当・売上・店賃・薬代は、同じ条件の記録が取れないため数字にしていません。
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