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【南無妙法蓮華経】9割が知らない、南無阿弥陀仏との違い

お坊さんのみづき

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【南無妙法蓮華経】9割が知らない、南無阿弥陀仏との違い

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お坊さんのみづき
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#仏教 #南無妙法蓮華経 #南無阿弥陀仏 お葬式や法事で耳にする「南無阿弥陀仏」と「南無妙法蓮華経」。どちらも「南無」で始まる短い言葉ですが、何が違うのでしょうか。先に答えです。違いは二つあります。呼びかける相手(阿弥陀というほとけさまの名前か、法華経というお経の題名か)と、救いの場所(阿弥陀さまの国・極楽に生まれることを願うか、いま生きているこの世をほとけの国にしようとするか)です。 そして、ほとんど知られていない共通点があります。念仏を広めた法然と、題目を広めた日蓮は、どちらも若いころ比叡山で学びつくした人でした。その二人が選んだのは、学べない人も、お金のない人も、意味を知らない人も入れる「一言」でした。法然が亡くなる二日前に書いた『一枚起請文』と、日蓮の手紙『法華題目抄』の言葉を、原文と現代語で紹介します。最後に、大学生の私が考えていること(点数で人を見る社会について)もお話しします。 この動画では、どちらの教えが正しいかは決めません。違いと、同じところを、そのままお話しします。 ▼目次 0:00 題目と念仏の違い(先に答え) 1:16 はじまりは同じ「南無」 1:54 一つ目 呼びかける相手 3:21 二つ目 救いの場所(十円玉と平等院) 4:59 日蓮と念仏 5:25 二人が同じ山で見たもの(法然と日蓮・比叡山) 8:15 大学生の私から 8:43 今日のまとめ 9:13 点数の外に 9:36 あわせて見てほしい動画 ▼あわせて見てほしい動画 「南無妙法蓮華経」の七文字の本当の意味と、日蓮の生涯は、こちらで話しています。 【日蓮】9割が知らない「南無妙法蓮華経」の本当の意味 →    • 【日蓮】9割が知らない「南無妙法蓮華経」の本当の意味   ▼出典・補足 ・「南無」:古いインドの言葉(サンスクリット語)namas(ナマス)に漢字の音を当てたもの。「帰命」とも訳され、よりどころにする・身をゆだねる、という意味です。あいさつの「ナマステ」は namas+te(あなたに)です。 ・阿弥陀:サンスクリット語の Amitāyus(はかりしれない寿命=無量寿)と Amitābha(はかりしれない光=無量光)から。 ・「私の名を、心から呼ぶ人は、みな、私の国に、迎えたい。それが、かなわないなら、私は、ほとけには、ならない」:『無量寿経』の第十八願の意味を取った言葉です。経典では、ほとけになる前の法蔵菩薩が「心から信じて私の国に生まれたいと願い、十回でも念じる人が生まれられないなら、私はさとりを開かない」と誓います(五逆の罪と正しい教えをそしる者を除く、という句があります)。この「念じる」を、名をとなえることと読んだのが法然の念仏です。 ・「西の、はるか遠くに、極楽」:『阿弥陀経』に「これより西方に、十万億の仏土を過ぎて世界あり、名づけて極楽という」とあります。 ・「お釈迦さまが、修行で、積みあげた、すべてのもの。それが、妙法蓮華経の五文字に、そなわっている」:日蓮『観心本尊抄』(1273年)の「釈尊の因行果徳の二法は妙法蓮華経の五字に具足す」の意味を取った言葉です。 ・十円玉の表の絵は、平等院鳳凰堂(京都・宇治)です。鳳凰堂は1053年に藤原頼通が建てた阿弥陀堂で、極楽の宮殿をこの世にかたちにしたものといわれます。 ・立正安国論:日蓮が文応元年(1260年)、三十九歳(数え年)のときに、鎌倉幕府の北条時頼に出した文書です。日蓮が念仏を厳しく批判したことは、この文書などに書かれています。本編では、何があったかだけをお話しし、どちらが正しいかは判断していません。 ・法然:比叡山に入ったのは十三歳または十五歳と伝わり、承安五年(1175年)、四十三歳(数え年)で山を下りて、念仏の教えを説きました。「智慧第一の法然房」と呼ばれたこと、お経を何度も読みつくしたこと(一切経を五回読んだ)は、『法然上人行状絵図』などの伝記に伝わる話です。 ・善導の一文:『観経疏』散善義の「一心に弥陀の名号を専念して〜」の一節です。法然が山を下りるきっかけになったと伝わります。本編ではやさしい言葉に置き換えました。 ・「もし、救われる条件が、寺や塔を建てることなら〜」:法然『選択本願念仏集』第三章の「もし造像起塔をもって本願とせば、貧窮困乏の類は定んで往生の望みを絶たん」「もし智慧高才をもって本願とせば、愚鈍下智の者は定んで往生の望みを絶たん」「もし多聞多見をもって本願とせば、少聞少見の輩は定んで往生の望みを絶たん」の意味を取った言葉です。 ・一枚起請文:法然が建暦二年(1212年)、亡くなる二日前に書いた文です。画面の原文は一部、現代語はこのチャンネルで訳しました。 ・「日本一の、智慧のある者に、してください」:日蓮『善無畏三蔵抄』の「日本第一の智者となし給へ」(ふるさとの清澄寺で虚空蔵菩薩に祈った言葉)の意味を取った言葉です。日蓮が十二歳で清澄寺に入り、のちに比叡山などで学んだことも、日蓮自身の手紙に書かれています。 ・法華題目抄:日蓮が文永三年(1266年)、四十五歳(数え年)のときに書いた手紙です。画面の原文は途中を省いて(……)示し、現代語はこのチャンネルで訳しました。「不退の位」を「ほとけの道から、もう後戻りしない所」と言い換えています。 ・六文字・七文字:南無阿弥陀仏(六字の名号)・南無妙法蓮華経(七字の題目)。 ・「大学生の私から」の話は、本人の考えです(本人に確認した内容だけで書いています)。写真は場面を思い浮かべるためのもので、本人を写したものではありません。 ・この動画を作っているのは、寺の生まれではなく、自分でお坊さんになると決めた、まだ勉強中の大学生です。声はすべて音声合成です。 ・浄土宗・浄土真宗・時宗、日蓮宗・日蓮正宗など、それぞれの宗派・門流で、教えの説明や言葉の読み方に違いがあります。本編は、はじめての人のための入口としての説明です。 ・特定の宗派・団体を評価・批判する意図はありません。 ▼画像のクレジット(Wikimedia Commons) CC BY / CC BY-SA:法事でお経を読むお坊さん Gpwitteveen(CC BY-SA 4.0)/鎌倉大仏の顔 Maarten Heerlien(CC BY 2.0)/商店街 Dick Thomas Johnson(CC BY 2.0)/比叡山と京都の街 Benlisquare(CC BY-SA 4.0)/知恩院の御影堂・手を合わせる子どもたち(ラオス)・蓮の花を持つ子ども Basile Morin(CC BY-SA 4.0)/手を合わせる人たち(ネパール)Prasant057(CC BY-SA 4.0)/平等院鳳凰堂(夏)Suicasmo(CC BY-SA 4.0)/日蓮の像 Chris Gladis(CC BY 2.0)/身延山久遠寺のしだれ桜 Koichi Shibata(CC BY-SA 3.0)/増上寺の法然像(2点)Hyppolyte de Saint-Rambert(CC BY-SA 4.0)/延暦寺の根本中堂 663highland(CC BY 2.5)/清澄寺 Masanori88(CC BY-SA 3.0)/清澄寺の境内 Tak1701d(CC BY-SA 3.0)/大学の合格発表(作者表記なし・CC BY-SA 3.0)/唐松岳の朝日 Alpsdake(CC BY-SA 4.0) それ以外(南無妙法蓮華経の宝塔・南無阿弥陀仏の供養碑〔兵庫・出石〕・法華経の写本〔東京国立博物館ほか〕・阿弥陀さまの来迎図〔メトロポリタン美術館・長谷寺ほか〕・平等院の阿弥陀如来〔土門拳〕・お釈迦さまの像〔クリーブランド美術館〕・十円玉・平治物語絵巻・平等院鳳凰堂・池上本門寺・立正安国論・延暦寺の根本中堂(霧)・桜と比叡山・法然上人絵伝・善導の像・日蓮の肖像〔波木井の御影〕・図書館で勉強する学生たち・大学入試の問題冊子・蓮の花)はパブリックドメインまたは CC0。各画像の作者・ライセンスの詳細は Wikimedia Commons の各ファイルページに従います。 ・サムネイルの素材:候補A 蓮の花(CC0)/候補B 平等院鳳凰堂 Suicasmo(CC BY-SA 4.0)/候補C 日蓮の肖像〔波木井の御影〕(パブリックドメイン) ・BGM:Freesound(CC0) ・音声合成:VOICEVOX:玄野武宏 #南無妙法蓮華経 #南無阿弥陀仏 #念仏 #題目 #法然 #日蓮 #一枚起請文 #お坊さん