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「七度狐」三代目 桂 米朝【落語】NT

落語の蔵:荒獅子男乃助

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「七度狐」三代目 桂 米朝【落語】NT

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落語の蔵:荒獅子男乃助
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「七度狐」 しちどぎつね、上方では「ひちどぎつね」江戸では「ななたびきつね」他に「七度狐庵寺潰し」(しちどぎつねあんでらつぶし)「庵寺つぶし」(あんでらつぶし)とも呼ばれる。道中噺「東の旅」(本題「伊勢参宮神乃賑」)の一編である。「東の旅」の一編と合わせて演じられることが多い。喜六と清八の二人が伊勢参りの途中で煮売屋に立ち寄りイカの木の芽和えを注文すると売約済で売ってくれない。怒った二人は木の芽和えを笠に隠して持ち出し歩きながら食べて容器のすり鉢を道ばたに放り投げると、そこにいた七度狐に命中して怒った狐が・・・上方語の「あんだら尽くす」(バカな真似をやめる)との地口である。一方、この言葉が通じない江戸落語版では、二人が百姓とともに狐を狩りだして尾をつかまえたと思ったら抜けてしまい、実は畑の大根だったという落ちが用いられる。やまだりよこによると、この落ちは2代目桂小南によるものという。また、3代目桂米朝はキャリア末期の2004年正月に、狐を追い詰めたと思ったところ水車の上を踏んでいた、という新しい落ちを使用している。 三代目 桂 米朝 現代の落語界を代表する落語家の一人で、第二次世界大戦後滅びかけていた上方落語の継承、復興に大きく貢献した。その功績から、1996年(平成8年)に落語界から2人目の重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定され、2009年(平成21年)には演芸界初の文化勲章受章者となった。位階は従三位。戎橋松竹で初舞台後、長年千土地興行(後の日本ドリーム観光)に所属し、千日劇場を本拠に道頓堀角座やうめだ花月にも出演したが、1968年3月以降はフリーとなり、ホール落語、独演会、一門会を中心に活動するようになる。ラジオパーソナリティーを務めていた近畿放送の「天壇ゴールデンリクエスト」の縁で1966年7月16日、初の独演会「米朝 スポットショー」を京都府立勤労会館で開催、その流れで10月25日に現在でも続く桂米朝落語研究会をスタート。1974年、千土地時代の担当マネージャーを社長に据え芸能事務所米朝事務所を設立。現在一門の多くがここに所属する。 荒獅子男乃助のトークも含めてユル~く楽しみたい方はこちらでどうぞ 緩落語ch:荒獅子男乃助:   • 落語の緩アルバム   トークをもっと楽しみたいと思ったらこちらもどうぞ 荒獅子男乃助:トークチャンネル    / @otokonosuke   #落語 #米朝 #七度狐