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[会津戦争]天皇に最も信頼された藩は、なぜ朝敵になったのか?!

歴史の鳥瞰図

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[会津戦争]天皇に最も信頼された藩は、なぜ朝敵になったのか?!

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歴史の鳥瞰図
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天皇に最も信頼された会津藩は、なぜ「朝敵」として滅ぼされたのか。 藩主・松平容保が生涯だれにも見せなかった「竹の筒」の中身とは。 殿様の松平容保、反対し続けた家老の西郷頼母、そして白虎隊でただ一人生き残った15歳の飯沼貞吉。 3人の目で、京都守護職から鶴ヶ城の籠城、その後の明治までをたどります。 ・会津が新政府に送った「謝罪仕間敷覚悟(謝るつもりはない)」という返答 ・白虎隊は本当に「城が燃えている」と見間違えたのか? 飯沼の手記が語ること ・生き残った飯沼を育てたのは、敵だった長州藩士 ・「半年間埋葬されなかった」は誤り? 2016年に見つかった記録 ▼ チャプター 0:00 竹の筒 1:15 第1章 断れなかった役目 2:50 第2章 置き去り 4:07 第3章 謝らない覚悟 6:10 第4章 五つの入口 7:37 第5章 飯盛山 8:38 第6章 二十一人 9:48 第7章 籠城 11:13 第8章 城を去った家老 12:12 第9章 継ぎはぎの白旗 13:32 第10章 敵の家で 15:19 結び 竹筒の中身