フランキー堺「次は写楽を撮る」——逝った監督の遺言を30年背負い、67歳で旅立った男
時代を語る声
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フランキー堺「次は写楽を撮る」——逝った監督の遺言を30年背負い、67歳で旅立った男
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#フランキー堺 #川島雄三 #島田陽子
フランキー堺「次は写楽を撮る」——逝った監督の遺言を30年背負い、67歳で旅立った男
フランキー堺が30年以上にわたって守り続けた、ある約束があります。1957年、映画『幕末太陽傳』で彼を主演に抜擢した川島雄三監督は、「次はフランキー主演で写楽を撮る」と告げたまま、1963年6月11日、45歳で急逝しました。枕元には、写楽の資料が広げられたままでした。フランキー堺は、その遺言を背負い、多額の私財を投じて写楽の研究を続け、1995年にようやく映画『写楽』を完成させます。しかし、その翌年——1996年6月10日、67歳で、静かにこの世を去りました。なぜ、彼は体が限界を迎えてもなお、約束を手放さなかったのでしょうか。信頼できる資料のみに基づき、丁寧に紐解いていきます。
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📌 目次
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オープニング — 1996年6月、大阪のホテルで起きた出来事
第1章「鹿児島の少年」— 士族の家に生まれたボーイソプラノ
第2章「フランキー誕生」— 進駐軍キャンプでドラムを叩いた夜
第3章「幕末太陽傳」— 川島監督との出会い、ブルーリボン賞
第4章「私は貝になりたい」— 笑わせ役者から泣かせ役者へ
第5章「1963年6月11日」— 監督の死と枕元の資料
第6章「30年の研究」— 私財を投じた写楽への道
第7章「1987年の夜」— 食道静脈瘤破裂、死の淵から
第8章「紫綬褒章、そして写楽完成」— 32年越しの約束
第9章「最後の3日間」— 大阪のホテルから済生会中央病院へ
エンディング — ふたりの6月、33年の約束
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📖 参考文献・出典
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1. 堺正俊『フランキー太陽伝』報知新聞社、1969年
2. 小林信彦『日本の喜劇人』新潮社
3. 篠田正浩 監督 映画『写楽』松竹、1995年
4. キネマ旬報「フランキー堺追悼特集」1996年7月号
5. 朝日新聞 訃報記事、1996年6月11日
6. 川島雄三記念室(むつ市図書館)関連資料
7. 映画『将軍 SHOGUN』NBCテレビ、1980年
8. 大阪芸術大学 舞台芸術学科 公式記録
9. PASONICA JPN 人物データベース「フランキー堺」
10. 紫綬褒章受章者名簿、1994年
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