「君の名は」昭和27年(1952)インストDTM「昭和電奏楽団(SHOUWA computer orchestra)」昭和20年代ラジオ番組主題歌
昭和一人楽団
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「君の名は」昭和27年(1952)インストDTM「昭和電奏楽団(SHOUWA computer orchestra)」昭和20年代ラジオ番組主題歌
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「君の名は」昭和27年(1952)インストDTM「昭和電奏楽団(SHOUWA computer orchestra)」昭和20年代ラジオ番組主題歌
『君の名は』は、NHKラジオ放送で1952年に放送された連続ラジオドラマです。放送期間は、1952年(昭和27年)4月10日から1954年(昭和29年)4月8日までで、毎週木曜20時30分から21時までの30分放送、全98回でした。
後に映画化され、共演の氏家真知子は岸惠子、後宮春樹は佐田啓二で大ヒットして第三部まで制作されました。
第一部は1953年9月15日に公開され、12億5047万円の配給収入をあげ、1953年度の配給収入ランキング第2位でした。(1位は同名第二部)。
第二次大戦、東京大空襲の夜…。焼夷弾が降り注ぐ中、たまたま一緒になった見知らぬ男女、氏家真知子と後宮春樹は命からがら銀座の数寄屋橋までたどり着く。一夜が明け、二人は互いに生きていたら、半年後の11月24日、この橋で会おうと約束し、お互いの名も知らぬまま別れた。
やがて、二人は戦後の渦に巻き込まれ、お互いに数寄屋橋で相手を待つも再会が叶わず、1年半後の3度目にやっと再会する…。
※冒頭の数寄屋橋のシーンで氏家真知子のストールの巻き方が「真知子巻き」と呼ばれて女性の間で大流行しましたが、これは主演の岸惠子が北海道でロケの合間に現地の寒さをしのごうと持参していた私物のストールを肩から一周させ、耳や頭をくるんでいたものでした。(ウィキペディア)
「君の名は」 作詞:菊田一夫 作曲:古関裕而 唄:織井茂子
昭和27年4月からの冒頭ナレーション
「忘却とは忘れ去ることなり。忘れ得ずして忘却を誓う心の悲しさよ」
昭和28年1月からの冒頭ナレーション
「忘れ得ぬ人とは遠き人を云うなり。人は常に忘れ得ぬ人を忘れよと云う」
歌詞の一番は真知子と佐渡が、二番は銀座と数寄屋橋が、三番は春樹と志摩が…物語の舞台が順番に歌われている。
君の名はと たずねし人あり
その人の 名も知らず
今日砂山に ただひとり来て
浜昼顔に きいてみる
夜霧の街 思い出の橋よ
過ぎた日の あの夜が
ただ何となく 胸にしみじみ
東京恋しや 忘れられぬ
海の涯(はて)に 満月が出たよ
浜木綿(はまゆう)の 花の香に
海女(あま)は 真珠の涙ほろほろ
夜の汽笛が 悲しいか
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