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【真田昌幸】徳川三万八千を、たった二千の籠城で足止めした男【第二次上田合戦】

シネマ絵巻

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【真田昌幸】徳川三万八千を、たった二千の籠城で足止めした男【第二次上田合戦】

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慶長五年、七月。関ヶ原まで、あと二月。 下野の小さな宿で、父と二人の息子が、敵と味方に分かれた。 二月後、父と弟の籠る上田城に、徳川の跡継ぎ秀忠が三万八千を率いて迫る。その軍の中に、東へ残った兄がいた。 降伏を装って時を稼ぎ、刈り入れの稲田から城下へ誘い込んで一斉に撃った、と軍記は伝える。真田昌幸、五十四歳。十五年ぶり、二度目の上田である。 犬伏の夜、兄が弟の城を落とせと命じられた戸石城、刈田狼藉から始まった九月六日の戦い、泥の木曽路、そして伏見での父と子の対面。 関ヶ原の裏側で起きた二か月を、史料の成り立ちから追います。 秀忠はなぜ関ヶ原に間に合わなかったのか。上田にこだわった若い大将の功名心か、それとも家康の命令が川に止められていたからか。日付を並べて検証します。 本編の評決は、遅参の第一の理由は固執ではなく命令の遅れ。ただし、命令を待つ間に上田を攻めると決めたのは秀忠自身、というものです。 ■ 章立て 0:00 冷開き 1:05 其の一 家族が割れる日 3:56 其の二 二つの道 5:24 其の三 三万八千、迫る 6:46 其の四 表裏比興 8:04 其の五 兄弟、刃を交えず 10:35 其の六 黄金の田で 11:48 裁きの間 13:45 其の七 泥の中山道 14:57 其の八 知らせは、すべて終わったあとに 15:44 其の九 許されざる対面 18:23 その後 ■ 出典・参考文献 ・平山優『真田信繁 幸村と呼ばれた男の真実』(角川選書、KADOKAWA、2015年) ・黒田基樹『「豊臣大名」真田一族 真説 関ヶ原合戦への道』(洋泉社、2016年。犬伏の別れを天明宿と犬伏宿の別陣とみる説) ・『信州上田軍記』(江戸期の軍記。上田市立博物館の翻刻・現代語訳。降伏交渉の引き延ばし、「我を偽ったな」、三万八千七十余騎の典拠) ・『烈祖成蹟』(江戸期の編纂物。「我が軍、大いに敗れ、死傷、算なし」の句の典拠とされます) ・『藩翰譜』『徳川実紀』『慶長年中卜斎記』『改正三河後風土記』(江戸期の編纂物。榊原康政の取り成しと伏見での対面) ・『朝野旧聞裒藁』(家康の命令が九月九日に届いたとする記述) ・九月十四日付 徳川秀忠書状(藤堂高虎宛。木曽路の強行軍を記す) ・森忠政宛 徳川秀忠書状(命令の受領を九月八日とする根拠とされます) ■ 数字について ・徳川方の兵数は、軍記では三万八千(『信州上田軍記』は三万八千七十余騎)、家康自身の書状では三万余りです。三万四千とする研究者(渡邊大門さん)もあります。 ・真田方は、二千とする記述のほか、三千から五千余りと書く軍記もあります。 ・三万八千と二千は後の軍記の数字で、一次史料の裏付けはありません。本編は十倍前後の開きがあったというところまでを言い切り、正確な人数は確定していないという立場です。 ・九月六日の戦いの死傷者数は、確かな記録が見つかっていません。 ・家康の命令が秀忠に届いた日は、九月八日(森忠政宛秀忠書状、黒田基樹さん)と九月九日(『朝野旧聞裒藁』、平山優さん)の両説があります。本編は八日を採り、九日説を添えました。 ・昌幸の降伏の申し入れは、本編では九月三日、翻意は四日としました。平山優さんは、四日に申し入れて同じ日のうちに翻意したとみています。 ・人物の年齢は、昌幸五十四歳、秀忠二十二歳、康政五十三歳を本編で用いました。信繁の生年には永禄十年(1567年)のほか異説があり、年齢は確定していません。 ■ 制作について 映像、静止画、音声の一部にAIを使用しています。 評定の場面の台詞は記録に残っていないため、史料の状況から再構成したものです。犬伏の夜の言葉は記録になく、戸石城の開城は記録にありますが言葉は残っておらず、榊原康政の取り成しは後の世の書物にある話で、言葉は創作です。 犬伏の別れの場所は、通説の犬伏で描きました。歴史学者の黒田基樹さんは、昌幸と信繁は天明宿に、信之は犬伏宿に別々に陣を置き、信之が訪ねた形だったと考えています。 小諸と上田の間を往き来した使者は、本編では本多忠勝として描きました。史料では、使者は忠勝の子の本多忠政とする記述や、信之を通じて海津城主の森忠政へ申し入れたとする記述があります。 家康が秀忠を叱った中身は、遅れたことではなく軍列を乱し兵を疲れさせたことだったと伝わりますが、怒りの程度を記したのは後の世の徳川の書物だけです。 史料の解釈には諸説あります。 本動画は出典を示したうえで、断定を避け、確からしさの度合いを示す方針で構成しています。 ■ クレジット ・旧国境データ: 情報・システム研究機構(ROIS-DS)人文学オープンデータ共同利用センター / Geoshapeリポジトリ(CC BY 4.0) ・地形データ: 国土地理院 ■ シリーズで続けて観る ・前の巻: 天正壬午の乱    • 【真田昌幸】上杉、北条、徳川。三度主を変えた男の夏【天正壬午の乱】   ・あわせて: 関ヶ原の戦い    • 【関ヶ原の戦い】その一手が天下を決めた、小早川秀秋   ・あわせて: 決死の三日間、真田幸村    • 【大坂夏の陣】決死の三日間、真田幸村   #戦国時代 #真田昌幸 #第二次上田合戦 #徳川秀忠 #真田信之 #真田幸村 #日本史