【ねこさくらさん】Mi-Ke/想い出の九十九里浜【うたスキ動画】1991年 @sakueri-nekosakura
shima260(しまじろう☆ミ)
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【ねこさくらさん】Mi-Ke/想い出の九十九里浜【うたスキ動画】1991年 @sakueri-nekosakura
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【夏物クリアランス🤣】ねこさくらさんにコラボ返しwww。
#mike #想い出の九十九里浜 #織田哲郎
ねこさくらさんの元動画
• 【コラボ祭】Mi-Ke/想い出の九十九里浜【うたスキ動画】
ご本家mi-ke
• Mi-Ke 想い出の九十九里浜
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wikiから
想い出の九十九里浜(おもいでのくじゅうくりはま)はMi-Keのデビュー・シングル。
BMGビクター(現:ソニー・ミュージックレーベルズ アリオラジャパン)から発売された(BVDR-33、現在は廃盤)が、発売元をBMGルームスに替え販売(BMDR-33)。
カップリングの「あっぷる・らぶ」は渡辺真美が唯一、作詞とメインボーカルを手がけた作品。
この曲で第42回NHK紅白歌合戦に初出場。
この曲はザ・ワイルドワンズの「想い出の渚」をオマージュして作った曲である。音楽にはザ・ピーナッツが歌った「恋のフーガ」のパロディが部分的に見られる。ティンパニの使用及びそのリズム、更にサビの終りの「パヤパヤ」のコーラスがそれを示している。
1991年のテレビドラマ『ナースステーション』の主題歌である。
歌詞には「夕陽」が登場するが、実際九十九里浜は千葉県の東側に位置するため、水平線に沈む夕陽を見るのは北部の刑部岬のような高台を除き困難である。
千葉県を舞台としたご当地ソングとしては、「矢切の渡し」「北ウイング」に次ぐ35万枚(1991年実績)を達成。
歌詞の中にグループ・サウンズの楽曲名が多く登場し、メロディーやコーラスの被せ方も、GSサウンドを意識したものとなっている。
歌詞に使用された曲名
表題曲「想い出の九十九里浜」の歌詞に登場するグループ・サウンズの楽曲名は、以下の12曲である。以下、登場順に記載する。
曲名 アーティスト名 発表時期
1 夕陽が泣いている ザ・スパイダース 1966年9月15日
2 君だけに愛を ザ・タイガース 1968年1月5日
3 花の首飾り ザ・タイガース 1968年3月25日
4 好きさ好きさ好きさ ザ・カーナビーツ 1967年6月1日
5 神様お願い ザ・テンプターズ 1968年3月5日
6 バラ色の雲 ヴィレッジ・シンガーズ 1967年8月1日
7 長い髪の少女 ザ・ゴールデン・カップス 1968年4月1日
8 遠い渚 シャープ・ホークス 1966年12月1日
9 真冬の帰り道 ザ・ランチャーズ 1967年11月25日
10 落葉の物語 ザ・タイガース 1968年1月5日
11 いつまでもいつまでも ザ・サベージ 1966年7月1日
12 あの時君は若かった ザ・スパイダース 1968年3月5日
なお、ブックレットには記載されていないが、「あの頃」はザ・ワイルドワンズの曲名でもある。
◆mi-keについて
Mi-Ke(ミケ)は、日本の歌手グループ。B.B.クィーンズの音楽コーラス隊「B.B.クィーンズシスターズ」として誕生。後に単独のアイドルグループとしてBMGビクターからデビューした。スターダストプロモーション所属。原盤制作をビーイングが担当。オリジナルロゴには「Presented by B.B.QUEENS」と書かれている。
アイドルグループとして1991年にデビュー。振付を意識した当時のアイドルグループの形態をとりながら、アルバムごとにテーマを定めたリバイバル・カバープロジェクトであった。振付担当は五十嵐薫子。
グループ名の由来は当時ヒットした「たま」をもじり、メンバー3名の個性を活かして三毛猫から取っており、白が宇徳、茶色が村上、黒が渡辺と、3色のイメージカラーに分けられていた。
なお、Mi-Keをさらにもじった名のアイドルグループ「ザ・ポチ」や「DORA」(日本テレビのアナウンサーによるグループ)、「NORA」(読売テレビのアナウンサーによるグループ)が存在した。
ビーイングの流行りのサウンドとアレンジで、60年代後半のグループサウンズの「往年の名曲」のパロディを大量に盛り込んだプロデュースが認められ、日本レコード大賞、日本有線大賞、全日本有線放送大賞(現・ベストヒット歌謡祭)、日本ゴールドディスク大賞と各音楽賞の最優秀新人賞を総ナメにし、『第42回NHK紅白歌合戦』(「想い出の九十九里浜」)にも出場した。なお、スターダストプロモーション所属のアーティストが、新人賞を受賞したのはMi-Keのみである。
1992年4月、同月から放送が開始された『NHKヒットステージ』にてアシスタントとしてレギュラー出演。1993年3月の放送終了まで出演した。また、スターダストプロモーション所属であったことから、多くのバラエティー番組や、CMにも出演した。
MVの大半は岩井俊二が監督したコミカルな作風のものであり、1991年にVHSと2002年にDVDでソフト化も行われている[3]。
リードヴォーカルを務める宇徳敬子は、1993年にシングルCD「あなたの夢の中 そっと忍び込みたい」でソロデビュー。Mi-Keとしては同年にシングル「Please Please Me, LOVE」をリリース。アルバム「永遠のリバプールサウンド〜Please Please Me, LOVE.」リリース後はソロ活動に専念している。
村上遥はグループ活動休止後、タレント活動を行う。1993年から1998年までビーイング系音楽番組『NO.』(テレビ朝日)のナレーターを務めた。
渡辺真美は活動休止後改名し、2024年現在は「麻宮百(まみやもも)」名義でラジオDJや、ジャズクラブ・ライブハウスを中心とした音楽活動を行っている(後述)。
活動休止後も公式に解散等の発表がされなかったため、長らく「活動休止中」とされたままであったが、宇徳が2023年10月15日放送の「千鳥の鬼レンチャン」(フジテレビ)に出演した際に「元Mi-ke」と紹介されていたことから、事実上解散しているものと見られる。
メンバー
村上遙
コーラス。立ち位置は左。単独コーラスはほとんど宇徳が行っていたため、TV出演時以外はサビのコーラスパートのみであった。神奈川県出身。一時期、『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』のレギュラーを務めたことがある。
宇徳敬子
リードボーカル&コーラス。ほとんどのコーラスも宇徳の単独コーラスであり、Mi-Keの音源では宇徳の声が9割を占める。ソロ転向後にはアルバムでオリコン1位を獲得するなどヒットを出している。鹿児島県出水市出身。
渡辺真美
コーラス。立ち位置は右。村上と同じくコーラスであるが、「想い出の九十九里浜」のカップリング曲「あっぷる・らぶ」では、自ら作詞して歌っている。Mi-Keの楽曲ではないが、YouTubeで渡辺のライブ映像を見ることができる。2008年2月より、ブログおよび定期ライブを開始した。2016年3月より麻宮百(まみや もも)として活動する。東京都出身。