【四国攻めの裏側】秀吉本人は来るはずだった――兄の出陣を止めた秀長
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【四国攻めの裏側】秀吉本人は来るはずだった――兄の出陣を止めた秀長
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1585年、四国攻めの総大将を任された羽柴秀長は、淡路の福良に船を集め、鳴門海峡を越えて阿波へ上陸しました。そのころ兄の秀吉は、自ら四国へ向かう準備を進めていました。
ところが7月2日、秀長は兄の出馬を止めるよう求めます。兄が来れば自分の力不足と思われ、面目を失う。任された戦いを自分の手で終えたい――その意向を受け、秀吉は出陣を延期しました。本動画では、一通の書状が兄の予定を動かし、弟が総大将として戦争の結末を引き受けた過程を描きます。
1.兄の弟から、遠征軍の総大将へ
2.福良に船を集め、鳴門を越える
3.一宮城の前線と、兄の出馬
4.7月2日、秀長が出陣を止める
5.兄を呼ばずに戦争を終えた弟
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