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佐渡島 無宿人さんのお墓

Keme さんの 彼是

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佐渡島 無宿人さんのお墓

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Keme さんの 彼是
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江戸時代、現代の戸籍台帳、当時の宗門人別改帳から名前を外された方達の呼び名です。 多くは天明の大飢饉などにより、農村で生活が出来なくなったお百姓の方々が大半だったようです。また連座の制度で、家族や親族に迷惑が掛からないように人別帳から名前を外した方々を無宿「帳外」(ちょうはずれ)と呼んでいたようです。 佐渡金山では坑道を掘り進めた際に出る湧き水対策として、水替人足の方々が過酷な労働環境で働いていました。 水替人足は町人や農民の方が中心で、かなりの重労働だったようでしたが、それに見合った高い賃金も支払われていたようです。 ですが労働が過酷なためもあってか応募者数が集まらず、採鉱に支障が生じ始めていました。 そこで「天明の大飢饉」により無宿者が大量に江戸周辺に流入した事もあり江戸では犯罪者の予備軍になりえるとし、無宿者を捕らえて佐渡金山に送り、彼らを人足として労働させました。 江戸に流れた無宿人さんの中には確かに軽犯罪を犯した方もいたようですが、食べるためだったでしょうね… また無宿人の方と遠島の刑を受けた流人(「島流し)と区別するため、水替人足は「島送り」と区別され呼ばれていました。 この水替人足さん、3年以上は生存できないと言われるくらい大変過酷な重労働だったようです。 当時、国策で、金(きん)採掘の為に酷使され亡くなっていった方々かと思います。