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2026年10月11日 ヨハネ20:24~29「指をここに当て、手を脇腹に入れなさい」-敢えて壊れたハサミを選び、上手に使いこなされるお方-新約聖書『ヨハネ福音書の神学』傾聴シリーズ

Aguro Tsutomu (一宮基督教研究所)

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2026年10月11日 ヨハネ20:24~29「指をここに当て、手を脇腹に入れなさい」-敢えて壊れたハサミを選び、上手に使いこなされるお方-新約聖書『ヨハネ福音書の神学』傾聴シリーズ

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Aguro Tsutomu (一宮基督教研究所)
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先週、わたしたちは、ナザレ人イエスがゴルゴタの丘の十字架上で発せられた「完了した」という言葉の中に、新しい創造の物語の基盤が完成したことを見ました。また、復活されたナザレ人イエスが「息を吹きかけて言われた」描写の中に、新しい人類創造のみわざを、つまり愛に満ちた夫婦の家庭にはじめて生まれてきた赤ちゃんのように、「完璧に準備された園の中に創造された人間」の記事を重ね合わせて見てきました。今日は、そのような復活の出来事の証人たちの中に、取り残された弟子がいたことを見ます。それは、復活された「ナザレ人イエス」にいまだまみえていなかったトマスという弟子の証しです。ヨハネは、「不信仰のトマス」の証しをヨハネ福音書の最後に書き綴っています。その意味を考えながら今日の箇所に傾聴してまいりましょう。  ヨハネ福音書 A.他の弟子たちの証言を信じきれないトマス(20:24-25) B.イエスの慈しみ深い極限までの対応(20:26-27) C.見ずに信じる者の幸い(20:28-29)  今朝の箇所は、[20:24 十二弟子の一人で、デドモと呼ばれるトマスは、イエスが来られたとき、彼らと一緒にいなかった]という言葉から始まります。ヨハネは、ヨハネ福音書を書き綴る際に、主と共に想を練りました。主の前に祈り、黙想し、記憶の中に主の御霊は働かれ、ヨハネの筆を導かれました。ヨハネ福音書は、[ヨハ1:18 いまだかつて神を見た者はいない。父のふところにおられるひとり子の神が、神を説き明かされた]ことを証しするために書かれました。その証しの最後に、「トマスの不信仰」の記事が書かれているのです。トマスは、ナザレ人イエスを慕う弟子のひとりでした。ペテロが猪突猛進型であり、ヨハネが「ボアネルゲス(雷の子)」と呼ばれ、非常に短気で激しい気性の、いわば「瞬間湯沸かし」器のような性格であったのに対し、トマスは少し疑い深く、慎重なタイプの人間であった(14:15)ようです。  ヨハネ福音書が執筆されたのは、1世紀末でありました。十字架・復活・昇天・聖霊の注ぎの一連の出来事を終え、約60年を経過していました。ナザレ人イエスと共に歩んだ弟子たちの大半はすでに召されていました。ヨハネが、[20:24 トマスは、イエスが来られたとき、彼らと一緒にいなかった]と記した時、第一世代の証言者と第二世代の「一緒にいなかった」、ナザレ人イエスとその出来事の「直接の目撃者」とはなれなかった人々がいました。これは、キリスト教信仰の特徴を表しています。キリスト教信仰とは、「第一世代のクリスチャンたちの、ナザレ人イエスに関する目撃証言」に依拠することによって成り立っている信仰なのです。そこで、わたしたちは、「第一世代のクリスチャンたちの証言を真実なものとして受け入れることかできますか?」と問い掛けられているのです。  ナザレ人イエスとその出来事を直接には知らない第二世代の人々が、「トマスの証し」の説教を聴いた時には、「それはまるで自分のことだ」と受けとめたことでしょう。わたしも、19歳の時、電柱にあった映画集会のポスターに誘われて、教会をのぞき、さらに礼拝に誘われ、大学生のKGKキャンプに参加し、「イエス・キリストを信じて生きていきたい」と思うようになっていました。ただ、そうは思うのですが、最後の瞬間に「もう少し様子を見てからにしよう。『万里の道を行き、万巻の書を読んでから』でも遅くはない」と思い、信仰の決心を先送りしていました。半年を経て、クリスマスが近くなり、洗礼式がもたれることになりました。  その年は、一年間で20人くらい洗礼を受けた人があった年で、礼拝後に開催されていたクリスマスの洗礼準備会には、10人くらいが出席していました。四回ありました洗礼準備会の最後の回に、「安黒さんも一緒に参加しませんか?」と声をかけられ、出席しました。部屋の一番うしろに座って、話を聞いているうちに、心の中に[ヘブル4:7 神は再び、ある日を「今日」と定め、…「今日、もし御声を聞くなら、あなたがたの心を頑なにしてはならない」]という聖句が心に響いてきたのです。  その時、心の中にあったイメージは、「ハレー彗星のイメージ」でした。わたしの心の中に去来した意味は、[今は、思春期、大学生で、いろいろと人生について、生きる意味について、深く考える機会を得ているが、このような時は永遠に続くものではない。卒業後は忙しさにかまけ、このような機会が与えられることなく、人生はあっという間に過ぎてしまうだろう。ハレー彗星は、およそ75年に一度地球に近づくように、わたしがこのようなかたちで、イエス・キリストに近づくのはこのタイミングだけなのかもしれない。]と思いました。  それで、高橋昭市牧師が、洗礼準備会の最後に「他に、洗礼を受けられる方はありませんか?」と尋ねられた時、主の前に「今こそ、決断する時だ!」と受けとめ、右手をサッとあげ、その翌週のクリスマスに洗礼を受けました。あの時に、思い切って決心していなかったら、わたしは全く別の人生を歩んでいたことでしょう。人生とは、不思議なものです。ある瞬間の、ある決断が人生の進路を大きく左右します。そのような決断の時を大切に致しましょう。  聖書は、毎晩のように読んでいました。聖書は神の霊感によるもので、心を開いて聖書を読む時に聖霊が働かれます。「毎晩、ナザレ人イエスの訪問を受け、毎晩対話し、交わりの時を得ている」かのような不思議な感じがありました。おそらく、決心する少し前であったと思います。ちょうど、ヨハネ福音書の「不信仰のトマス」のところを読んでいました。そして、思ったことは、「このトマスという弟子の姿は、私自身の姿だ!」と思ったのです。聖書を読む時、そのような印象、感触を大切にすると良いと思います。  わたしは、この箇所を読む時には、いつもその頃の自分のことを思い出します。皆さん、聖書の各所に同様の思い出を紡いでおられるでしょう。聖書は紀元前千数百年前から、紀元1世紀までの間に約40数人の著者によって書き綴られ、編纂されてきた歴史的な書物ですが、同時に読むわたしたちが書き込み続ける書物でもあります。わたしたちが、聖書を読む時、「聖書」という器に「わたしたち自身とわたしたちの生活・人生という液体を注ぎ込み続ける」ようにできている“不思議な書物”なのです。わたしは、元々ニーチェ著『ツァラトゥストラはかく語りき』を愛読書にしていたような人間でした。無神論者で、進化論者で、宗教というものはすべて「人間が作り出した虚構」だと受けとめていました。  そのような自分が、「人生には意味がない」というニヒリズムに行き詰まり、教会の門をくぐり、「生きる意味と価値」を、「ナザレ人イエス」を通し、三位一体の御子なる神イエス・キリストを見せられ、“闇の中に輝く光”(ヨハネ1:5)を見出したのです。わたしは、宗教というものはまったく信じられませんでした。しかし、新約聖書の福音書に書かれている「ナザレ人イエス」を通し、三位一体の御子なる神イエス・キリストを見せられた時、「ここに本物がある」と察知したのです。それは不思議な感覚です。神さまは、いろんなかたちで聖霊を通して働いておられます。このような感覚・洞察を大切に致しましょう。それで、福音書をよく読みました。「太宰治は三年半をかけ、数節ずつ、ただ文字を目で追うだけでなく、自身の苦悩と重ね合わせながら一行一行を深く精読していた」と聞きました。そのような読み方で、わたしも聖書の行間に「入り込み、住み込む」ようにして読んでいました。そのような読み方は、聖書の御言葉が、生ける水として「心に沁みる」読み方でありました。  この箇所のトマスとナザレ人イエスの会話は、まさしくわたしとナザレ人イエスの会話そのものでありました。このような聖書の読み方を致しましょう。そうすれば、心が渇き切ることはありません。ナザレ人イエスと対話・交流のある生活は、霊的に潤いのある生活を生み出します。[20:25 ほかの弟子たちは彼に「私たちは主を見た」と言いました]。これは、わたしにとっては、第一世代のクリスチャンたちの証言です。ナザレ人イエス在世当時に、一緒に生活した人々の証言が「福音書」に記されています。しかし、トマスは「私は、その手に釘の跡を見て、釘の跡に指を入れ、その脇腹に手を入れてみなければ、決して信じません」と言いました。わたしも、求道者時代、同様の心の反応をしていました。ゴルゴタの丘の十字架上に上げられ、死なれた「ナザレ人イエス」までは受け入れることができました。しかし、「死んで後、三日目によみがえられた」(Ⅰコリント15:3-4)ことを受け入れることはまだできていませんでした。  そのような状態にあった時に、この箇所を読んだのです。わたしは、聖書を読み、「ナザレ人イエス」がどのようなお方であるのかを知りました。その時の印象は、「わたしは、神を信じないが、もし本当に神さまがいらっしゃるとしたら、“ナザレ人イエス”のようなお方であってほしい!」と願いました。そして「もし、本当に、“ナザレ人イエス”が三位一体の、御子なる神イエス・キリストであられるのなら、このお方を信じたい」、さらには「わたしは、“ナザレ人イエス”を信じて、その結果地獄に行くことがあっても、かまわない。“ナザレ人イエス”がおられる所こそが、パラダイスなのだから!」と段階的に思うようになっていきました。ナザレ人イエスとの対話・交流は、このようなプロセスを生み出します。このような漸進的なプロセスを大切に致しましょう。ナザレ人イエスは、「強制的に信仰させよう」とされるお方ではありません。時間をかけて、「愛と信頼が自ずと湧き上がるのを忍耐強く待ち続けてくださるお方」です。福音書を読み耽るうちに、次第に、それほどまで“ナザレ人イエス”に惚れこむようになっていました。キリスト教で信仰というものは、「愛」とか「信頼」とかに似ています。ある人を信頼し、愛するようになるプロセスは、わたしたちと「ナザレ人イエス」の関係のうちにあるものです。  そして、その最後のつまずきの石が「復活」の問題でありました。なかなか、この問題をクリアできなかったのですが、「不信仰のトマス」の記事を読んだ時、トマスとわたしが“同一化”したのです。「これは、わたしの姿だ!」と。そして、そのようなわたしのもとを、ナザレ人イエスは、聖霊によって訪れ(20:26 )、 この箇所を通し、「あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。手を伸ばして、わたしの脇腹に入れなさい。信じない者ではなく、信じる者になりなさい」と語りかけられているように感じたのです。その時に、ナザレ人イエスは、あの時と変わらず、他の弟子たちの証言のみによっては信じられないトマスに対して接せられたのと同じかたちで、今日「福音書を通しての証しのみで信じられないわたしたちに同じように訪れ、このように接してくださるお方なのだ!」と受けとめたのです。  その時、わたしは、トマスと同じような反応をしました。[20:28 私の主、私の神よ]と。これは、1世紀末の歴史的・社会的背景を考えれば、大きな告白です。そのひとつは当時、会堂内の「隠れキリシタン」の排除を画策していたユダヤ教会堂では、ナザレ人イエスを「主(アドナイ)」かつ「神(エロヒム)」と呼ぶことを警戒していました。そのような告白は危険きわまりない告白でした。ユダヤ教共同体からの排除にとどまらず、石打の対象にさえなりかねない告白でした。旧約聖書において「私の主、私の神」という表現は、唯一の真の神(ヤハウェ)に対してのみ使われる最高の尊称です。トマスが復活のイエスを前にしてこの言葉を叫んだことは、イエスが「旧約の唯一神ヤハウェと本質において同一である」と認めたことを意味します。(後略)