精神科医の視点から見た障害年金についてお話しします。
精神科医 芳賀高浩
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精神科医の視点から見た障害年金についてお話しします。
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精神科医 芳賀高浩
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こんばんは。精神科医の芳賀高浩でございます。
今日はですね、「障害年金」について、精神科医の目線で少し整理してお話ししてみようと思います。よろしくお願いいたします。
まず大前提として、精神科医は障害年金の“判定”をする立場ではありません。1級・2級・3級を最終的に決めるのは年金機構側であって、私たちは「診断書を書く立場」なんですよね。なので今日は、「どう書いたら通るか」みたいなズルい話ではなくて、診断書を書く医師として、日常生活の評価をどう捉えて、どこがポイントになりやすいのか、そして矛盾を出さないために何を考えているのか、そういう話をします。
障害年金の等級って、ざっくり言えば「日常生活をどれだけ自力で回せているか」「援助がどの程度必要か」で見られるわけです。で、精神の領域で一番よく問題になるのが、1級と2級の境目なんですよ。
一般的に1級って、「援助があっても日常生活ができない」みたいな表現になります。ここだけ聞くと、「じゃあ外来に通えてる人は当てはまらないんじゃないの?」って思いますよね。だって外来に来れてる時点で、服も着てるし、予約の時間に合わせて動いてるし、少なくとも“何かしら”生活してるじゃん、って見える。ここが混乱ポイントなんです。
このときに大事なのは、「援助があればできる」の“援助”の現実感なんですよ。精神障害の支援って、身体障害の24時間介助みたいに、365日ずっと誰かが付く形とは別物です。精神のヘルパーさんは、基本的に24時間365日いるわけじゃありません。多くの場合、入っても1日数時間、例えば朝1時間・昼1時間・夜1時間みたいな、断続的な支援です。そこが前提になります。
つまり、「援助があればできる」というのは、そういう限られた支援の範囲の中で、なんとか一人暮らしが成立している人のことを指す、と考えると分かりやすいです。例えば、ヘルパーさんが入らないとゴミ屋敷化してしまう、服薬も食事も崩れてしまう、掃除や片づけが全く回らない。でもヘルパーさんが定期的に入ることで、最低限の生活が回って、一人暮らしとして成立している。こういう方は、医師の感覚としては2級相当になりやすい。
一方で、同じように支援が入っていても、「それでも一人暮らしは無理」という方がいます。どういう状態かというと、断続的な支援では穴が埋まらないんですよね。ヘルパーさんが来ていない時間帯に、生活が崩壊していく。衛生が保てない、着替えない、食事が途切れる、服薬が抜ける、火の不始末が現実的に起きうる、家の中が急速に荒れる。何より、放っておくと悪化していくスピードが速い。こういう場合は、結局のところ「同居家族の見守り」がほぼ常時必要になります。
ここが、精神の障害年金で言う1級のイメージに近いと思ってください。つまり、1級相当の方は「家族が実質的に24時間、目を光らせていないと生活が維持できない」状態です。外来でも、親御さんが連れてこないと来れない。三食は家族が用意する。入浴も促さないと入らない。歯磨きも声をかけないとしないから、口腔衛生が崩れて歯がボロボロになっている。洗濯も自力では回らない。放置すると急速に不潔になり、生活が破綻していく。こういう方が「一人暮らしは不可能」で、結果として同居の支援が不可欠になっている。このあたりが、2級と1級の分かれ目になりやすいです。
ただし、ここには“過保護”が混ざることもあるんですよね。例えば統合失調症の方で、確かに心配ではある。でも実際には、家の中で一人で過ごせる時間もあるし、食事もある程度は取れるし、最低限の身だしなみもできる。金銭管理だけ不安だから家族が見ている、というレベルなのに、「心配だから常に誰かが付いている」形になってしまうケースもあります。この場合、「家族が付いている=1級」と短絡的に決めると、現実の能力評価とズレることがある。医師はそこをかなり悩みます。100%安全なんてどこにもないので、“不安だから”をそのまま等級に直結させるのは難しいんですよね。
次に3級です。3級は、ざっくり言えば「日常生活はなんとか回る。ただ就労が難しい」というイメージになります。ヘルパーを入れていない、一人暮らしは一応できている。ただし仕事は続かない、対人関係が破綻する、強い疲労や症状で安定して働けない。こういう方は3級相当になりやすいです。もちろん、生活が回っていると言っても、部屋は散らかっていたり、身だしなみが崩れていたり、傍から見ればボロボロに見えることはあります。でも「支援なしで一応は成立している」という点が評価の核になります。
そして、診断書を書く上でめちゃくちゃ大事なのが「整合性」です。日常生活能力の判定には、6項目のように複数の観点で評価を書く欄がありますよね。そこに、選んだ等級のイメージと矛盾する内容が並んでしまうと、年金機構から「疑義照会」が来ることがあります。要するに「書いてあることが噛み合ってません。もう一度確認してください」という照会です。疑義照会が来ると、医師側も患者さん側も、手続きが長引いて疲弊します。だから、現実の状態をきちんと踏まえたうえで、項目ごとの評価が全体として矛盾しないように書く、ここが本当に重要になります。
それともう一つ。社労士さんを入れれば何とかなる、という話でもありません。申請は制度としてきちんと作られていて、初診日の証明や、受診状況等証明書など、複数の医療機関の情報が必要になる場面もあります。つまり、医師が「言われたから盛る」みたいなことをやると、制度としてどこかで破綻しますし、そもそも虚偽の診断書を書くことは医師にとって重大なリスクです。ここは当たり前ですけど、横車は押せません。年金制度は、実家が太いとか細いとか、そういう事情とは別に、状態に応じて公平に運用されないといけない仕組みなんですよね。
なので、私たち医師が診断書を書くときに一番気をつけているのは、「現実の生活能力を見誤らないこと」と、「診断書の中で矛盾を出さないこと」です。特に1級・2級の境目は、外来に来れているかどうかだけで単純に判断できません。ポイントは、“限られた支援の中で一人暮らしが成立しているのか”、それとも“断続的支援では穴が埋まらず、同居家族の常時的な見守りがないと破綻するのか”。この感覚を軸にして、日常生活能力の各項目を整合させていく。私はだいたいそんなふうに考えています。
もちろん、今後日本の状況が変わって、制度運用や基準がどう動いていくかは、正直わかりません。社会全体の余裕が減れば、制度も厳しくなる可能性はある。ただ、少なくとも現時点で、精神科の診断書を書く側としては、こういう整理で捉えると理解しやすいんじゃないかと思います。
精神科医の芳賀高浩、今日は障害年金についてお話しさせていただきました。私は判定をする立場ではありませんが、診断書を書く立場として、どういうところに気をつけているのか、皆さんと共有させていただきました。少しでも参考になれば嬉しいです。
精神科医の芳賀高浩でございました。
明日も19時に、必ず皆さんとお会いしましょう。
ではまた、皆さん。また明日。さよなら。