【手掘りトンネル】【隧道】江戸、明治、昭和の峠超え 小井隧道 奈良県下北山村
神々の宿る奥熊野
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国道168号大里トンネルの上に残る小井隧道
かつて大里と小井は地図で見ると近いにもかかわらず、北山川の褶曲によって小井ノ坂と言われるきつい坂を登り行き来していました
江戸時代になると尾根切り通しが作られて少しは楽になりましたが、それでも時間がかかり、明治28年に大里の東富造が中心になり小井から大里へ出るため両民の出費でトンネルが掘られることになり、紀州尾呂志村(現・御浜町尾呂志)の石工、畑中源右衛門とその息子に頼んで掘ることになりました
大変に堅い岩盤で当初想定していたよりも時間と費用も嵩み、その費用を出すため摺子谷の共有林の木を売り山まで手放して幅1.5m・高さ2m弱の荷車が通れる程のトンネルが開通しました
その後北山川左岸に小口道路が開通し小井から小口道路へ渡る吊り橋が作られたことで需要を減らしたが大里にあった小学校への通学路として使われ続けた
昭和30年代に池原ダムの工事が始まり資材運搬路として小井隧道のはるか下に大里トンネルが電源開発によって作られ後に国道169号線に昇格し小井隧道は使われなくなりました
電源開発の社章が大里トンネルの扁額にトンネル名と共に見ることが出来ます
小井隧道の名残りとして大里トンネル南側のバス停名には「小井隧道口」の名前が残っています