「奇跡が起きるスタジアム」 ガンバ大阪15年史より
hikotomo28moto
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「奇跡が起きるスタジアム」 ガンバ大阪15年史より
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2006年11月26日。東京・府中競馬場。ジャパンカップ。
緑色の帽子・ゼッケン6番が凱旋門賞失格の汚名を返上した。
世紀の天馬が翔んだその瞬間、訪れた12万182人の大観衆は、
大きな歓喜の渦に巻き込まれた。
その約10分後。
西へおよそ500km、腐朽した競技場。J1第33節。
白いユニホームの背番号10番が直径22cmの球体でネットを揺らした。
後半35分、2-2の同点になったその瞬間、訪れた1万6768人のうち、
青色の信者は、雨の中、受け入れ難い最後通告を突きつけられた。
「勝たなければ優勝・連覇の夢が絶たれるガンバ大阪」は、
「勝たなければJ1残留の望みが絶たれる京都サンガ」と戦っていた。
J1はこの試合を含めて残り2節。
この時点で首位浦和レッズとガンバ大阪の勝ち点差は5。
最終節ではこの両者の直接対決が残されていた。
ここに決着を持ち込むための条件は、
浦和レッズがFC東京に敗れるか、あるいは引き分けに終わり、
且つガンバ大阪が勝つこと、しかし。
「日本の心臓」と後に称される稀代のゲームメーカーは肝臓を患い離脱中。
このシーズン6試合連続ゴールを記録した闘魂ストライカーは怪我で欠場。
日本代表2人を欠くスクランブル体制。
空中戦に強く、パワープレー可能な長身ブラジル人DFは累積警告で出場停止。
手元に残る攻撃的カードは、ユース出身の新人とC契約の19歳ブラジル人のみ。
残り10分、交替枠は残り1。しかし、もはや動きようがなかった。
時間は過ぎて行く、雨は降り続く、万事が休す。
東京・府中競馬場から少し離れた味の素スタジアム。
茅ヶ崎市出身の36歳男性がホイッスルで試合終了を告げた。
スコアレスドローとなったその瞬間、訪れた4万1528人の大観衆は、
他会場の結果を待つ静寂の真空に包み込まれた。
その約40秒後。
西へおよそ500km、その大部分において屋根がない競技場。ロスタイム。
茨木市出身の21歳男性が直径22cmの球体をコントロールミスした。
引き分けを覚悟したその瞬間、訪れた1万6768人のうち、
紫色の信者が叫んだ悲鳴は、雨の中、地鳴りにも似た歓声にかき消された。
「ここでは何か起きると思っていた。」
試合後、背番号6のゲームキャプテンが言った。
「当然だ。」
奇抜な芸術家が創造した不気味な塔が微笑んだ。
その奇妙な声が耳に届いたとき、
私の悴んだ手が、頬を流れる生温い液体をようやく感知した。
今でも覚えている、その温度を。
そして思い出す度に呟く。
「行かなくてはならない、あの聖地に。」
遠すぎるピッチと観客席の距離、背もたれのない長ベンチ、
レトロなお手洗、何とも言えないフライドポテト。
スタジアムを象徴する限がない酷評でさえ、すべて愛しい。
失点しないと掛からないエンジン、全く安心できない2点差リード、
得点直後とロスタイムでの失点、外国人エースFWの中東流失。
ガンバを形成する多彩なネガティブ細胞でさえ、すべて愛しい。
私だけでしょうか、「万博性ガンバ依存症」に陥ってしまったのは?
『NO GAMBA , NO LIFE . 』