地震で自宅が全壊 氷川町で暮らし続ける男性の2カ月 【熊本】 (26/10/01 19:00)
TKUofficial
0:00 / 0:00
地震で自宅が全壊 氷川町で暮らし続ける男性の2カ月 【熊本】 (26/10/01 19:00)
17 160 просмотров · 1 дн. назад
TKUofficial
59 тыс. подписчиков
17 160 просмотров · 1 дн. назад
震度7の揺れに襲われ甚大な被害を受けた氷川町。自宅が全壊し、車中泊やインスタントハウスでの生活を現在も 続けている男性がいます。男性の2か月を追いました。
【CX・榎並キャスター】
「震度7の地震に襲われた氷川町の鹿島という地区です。こちらを見てもあちらも
木造の建物が大きく傾いたり潰れてしまっています」
地震から2日後の7月30日、私たちは、氷川町に住む正良さんに出会いました。
【榎並キャスター】
「弟は当時、自宅にいたんですね」
【正良さん】
「いました。閉じ込められていて声がするから、近所の人が集まってきてチェーンソーやリフトで上げて隙間を作って引っ張り出した」
築約90年の自宅は今回の地震で全壊。
一時、自宅に閉じ込められた正良さんの弟は地域の人の手によって救助されましたが、今も入院しています。
再び私たちが訪ねると正良さんを心配して東京から駆け付けた娘・有紀さんの姿がありました。
【有紀さん】
「私も育ってきた家がこんな状態になって見た瞬間涙が止まらなかったし、父や祖母はそれ以上にここで過ごして育ったからもっときついと思う」
「アルバムとかもあの辺にあるから」「もうとれないよ」
倒壊した自宅には、貴重品や去年4月に亡くなった正良さんの父・隼人さんの写真などが残されたままになっています。
正良さんは地震後、自宅から離れられず、車中泊を余儀なくされた一人です。
【正良さん】
「不審者とか、田んぼも見に行ったりするからそれに他所で暮らそうとは思えない」
コメ農家でもある正良さんは、うるち米ともち米、そして飼料用の米を育てています。水を張っていた田んぼは地震後、干上がってしまい、このような状態に。
【正良さん】
「いやこの先、稲どうなるかなと思いましたよ。これでまともに取れるかな」
近くの川も枯れ蛇口をひねっても水はでない
農業用水も断水
【正良さん】
「稲が大事な時は穂が出て白い花がつくときで水がいる。その時に水がなければ
厳しいでしょうね」
正良さんの元には多くのボランティアが集まり、家族を励まします。
「写真がちょっとだけありました」
【あらいぐま人吉】
「写真って生活必需品じゃないからもういいやと思って、片付けの中で諦める人が多い。皆さんそのあとに悔やまれる」
大切な写真は雨に濡れるなどして状態が悪くなっていましたが、写真洗浄ボランティアに託されました。『あらいぐま人吉』
【有紀さん】
「よかった、ばあちゃんとじいちゃんの写真がほしかった。よかった」
翌日には重機の知識や様々な技術を持った消防士などが活動する貴重品救出ボランティアも訪れました。『DGR119』
「これ?やったー見つけた」
自宅の中に残されていた印鑑や通帳など正良さんの大切なものが入ったポーチや
父の遺影などが見つかりました。
【ボランティア】
「ばあちゃんじいちゃん帰ってきたよ」「じいちゃん見つかってよかったね」
この日、正良さんの元に大きな助けが届きます。
自宅の敷地に設置されたのは簡易住宅『インスタントハウス』です。
【正良さん】
「大の字になって寝たいです」「ひとつのプレゼントですね」
自宅の再建が見通せない中、少しだけ安心する場所ができました。
【正良さん】
「車中泊ばっかりだったからよく眠れます」
しかし…
水不足のためもち米として収穫できず
【正良さん】
「あそこはいいコメが取れていた。量も多くて、本当にほしい田んぼだった」
地震から2か月と2日の9月30日
【正良さん】
「早く更地にしてここに小さな家でもいいから建てた方が確実」
正良さんは仮設住宅に応募したものの入居は叶わず、自宅の解体工事が始まりました。
【正良さん】
「思い出がこの家に詰まっているから解体することは寂しくもある。なかなか進めない、前に。そこは割り切って前に進むようにしていかないと」
家族の他に正良さんを支えた存在とは…
【正良さん】
「解体して自力で建てるところまでいけたのはボランティアの人のおかげだと思う。
ボランティアがいなかったら前向きな思いは出来なかったかもしれない」
農地を守り抜く決意。
そして、人の温かさに支えられながら正良さんは自宅再建という未来を見つめます。