【日本の技術】本田宗一郎が空冷を降ろした日…ホンダのシビックは世界の巨人が「不可能」と言った排ガス規制に、なぜ最初に合格できたのか【海外の反応】
昭和の日本の技術とものづくり
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【日本の技術】本田宗一郎が空冷を降ろした日…ホンダのシビックは世界の巨人が「不可能」と言った排ガス規制に、なぜ最初に合格できたのか【海外の反応】
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昭和の日本の技術とものづくり
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昭和の日本の技術とものづくりが、世界で最初に排ガス規制を越えた日。ホンダのCVCCと初代シビックの物語です。
昭和45年、アメリカで「排気ガスを10分の1に」というマスキー法が成立します。ゼネラルモーターズ、フォード、クライスラーは「不可能」と言って延期を求めました。その規制に世界初で合格したのは、四輪を作り始めて10年に満たない日本のホンダでした。
社内では本田宗一郎の「空冷」に若い技術者たちが「水冷」で向き合い、藤沢武夫が「社長として残るのか、技術者として残るのか」と問いかけます。
かまどの焚きつけの知恵をエンジンに組み込んだCVCCの発明、他社の車体を借りて臨んだアンナーバーの一週間、そして世界初の翌年に二人の創業者がそろって退いた決断まで。
昭和の日本の会社と技術史に残るホンダの決断を、六つの場面でたどります。
📒主要参考情報
・本田技研工業「Hondaの歴史(75年史)」第3章 排出ガス規制・空冷と水冷・社長交代
・本田技研工業「Honda Heritage」1972 Introducing the CVCC/1973 Company Leaders
・本田技研工業 ニュースリリース(1973年12月12日 シビックCVCC)
・自動車技術会「日本の自動車技術330選 CVCCエンジン」
・日本機械学会「機械遺産 第6号 ホンダCVCCエンジン」
・発明協会「戦後日本のイノベーション100選 CVCC」
・米国環境保護庁(EPA)1971年3月4日 公聴会告知/連邦控訴裁判決 International Harvester v. Ruckelshaus
・環境再生保全機構「大気環境の歴史 昭和53年規制」
📌目次
00:00:ホンダCVCC、排ガス規制に世界初で合格した日本の技術
02:02:ホンダの四輪参入、晴海の自動車ショーと特振法、昭和の決断
04:41:マスキー法の排ガス規制、10分の1と、5年前からの研究室07:42:本田宗一郎と藤沢武夫、空冷か水冷か、創業者の決断
10:34:CVCCの発明、副燃焼室の小さな炎と、赤坂の青いパネル
13:57:シビックCVCC、アンナーバーの試験で世界初の合格、トヨタとフォードへ
17:58:本田宗一郎の引退、退陣のあいさつと、機械遺産のCVCC
21:17:昭和の日本の技術とものづくり、その決断
#日本の技術
#ホンダ
#海外の反応
ナレーション:VOICEVOX:冥鳴ひまり
BGM:AKARI Sounds