もし直江兼続が伊達政宗を味方につけていたら…家康は関ヶ原にたどり着けなかった【戦国時代IF】
歴史の「もしも」研究所【ずんだもん解説】
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もし直江兼続が伊達政宗を味方につけていたら…家康は関ヶ原にたどり着けなかった【戦国時代IF】
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歴史の「もしも」研究所【ずんだもん解説】
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直江兼続が徳川家康を追撃していたら?関ヶ原の戦いの年、会津征伐で家康が小山から引き返したとき、上杉景勝と直江兼続が伊達政宗を味方につけて南へ動いていたらどうなったのか。戦国時代の歴史IFを、ずんだもんと四国めたんが解説します。
1600年(慶長5年)。直江状で家康を怒らせた上杉家の家老・直江兼続。しかし史実では、石田三成の挙兵を兼続が知ったのは8月3日。家康より10日も遅く、背を向けた家康を追うことはできませんでした。長谷堂城の戦いで約2週間足止めされ、関ヶ原の敗報ののちには、自らしんがりを務めて撤退することになります。
もし、三成の知らせが10日早く届いていたら。景勝が9月に打った「白石城を譲ってでも政宗を関東出兵に加えよ」という一手を、1か月早く打てていたら。前半は史実、後半はIFの世界線で、兼続と家康の駆け引きを描きます。
※後半のIFパートは史実をもとにした創作です。
【登場人物】
直江兼続/上杉景勝/徳川家康/伊達政宗/最上義光/結城秀康/本多正信/前田慶次/本庄繁長/佐竹義宣/志村光安/堀秀治/お船
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#直江兼続 #戦国時代 #歴史IF